2.氷の女神―2

 小一時間、アンリは凍えるような寒さに気づいた。明かり皿とし
て使っている金属からの熱により、右手の感触はあるが、左手の感
触があまりないのだ。それどころか、歩いている足の感覚さえおぼ
つかないものになってくる。
 何かがアンリが、人間や生き物が来るのを拒んでいるようだった。
 ふと目線を下に移すと、ボロボロの衣服をまとった二体の骸骨が
あった。服装からして男女ペアのようである。寄り添うようにして
白骨化して行ったに違いない……
 アンリは、ふとあることに気づいてつぶやいた。
「父さん……母さん……」
 ボロボロになっているとは言え、衣服には見覚えがあった。
 アンリは眉間にシワを寄せ、一瞬泣きそうな表情をした。だが、
すぐに顔をあげて鼻をすすった。胸元で小さく十字を切って手を合
わせると、再び奥へと歩き出した。
「ごめん、生きて帰れたら、迎えに来るから」
 そう呟き、更に奥へと進んだ。

 アンリは、明かりが漏れているのを目にした。
「外かっ?」
 そう思うと、自然と足取りが速くなった。
 目の前が開け、冷たい風がアンリに吹き付けた。よく見ると、ア
ンリの足元には緑色の氷が層をなし、周りの土の壁や床すべてが氷
で覆われている。
 氷に混じって、大きなダイアと見られる結晶が顔を覗かせている。
 アンリが歩を進めるたびにカツンカツンと足音が響く。氷の上を
歩ききると、巨大な氷の前に出くわした。
 それは……女の像だった。いや、正しく言えば氷の中に閉じ込め
られた少女の像だった。金色の長い髪をしており、白い肌によく生
えていた。瞳は閉じられていて、どんな色をしているかは見れない
が、きっと澄んだ色をしていることだろう。
「本物……のはずはないよな」
 そっと、氷に閉じ込められた像に手を触れるアンリ。
 ピチョン……
 アンリの耳元に、音の波紋が広がった。
と、同時に、少女の吐息を聞いたような気がした。
「まさか……」
 アンリは短剣を腰のベルトから探り出して抜くと、少し氷の像か
ら下がった。
 助走をつけると同時に、短剣を力強く氷の像に突き立てた!
 つんざくような、氷が砕け散る音と、光が起こって、アンリは思
わず目を手で覆った。
 アンリは、何かが重く倒れ掛かってるのを感じたが、目をあける
ことはできなかった……
 音と光がやんだ後、アンリは驚きをあらわにした。自分の手の内
にいる少女はとても暖かく、確かに息をしていた。
「人が、なぜ、氷の中にいて生きて……」
 少女が目を開けた。ドキリとして息を呑むアンリ。
 少女の瞳は、情熱をそのまま色にしたかのような、真っ赤な色を
していた。少し、憎しみさえ感じられる。それもそのはず、ギロリ
とアンリを睨みつけるとアンリからすばやく離れた。
「どういうつもり!」
 その言葉と同時に、少女はアンリから離れ、冷気でアンリを氷壁
に叩きつけた。
「ま、待って……何のことだかわからない!」
「とぼけても無駄よ!あの時は油断していたから封印されてしまっ
たけれど、今度は!」
「いや、だから! 俺は迷い込んだ、と言うか穴に落ちてここまで
きてしまったわけで!」
 アンリは短剣一本で怒る少女に立ち向かおうとした。魔法を使う
相手に短剣一本では心もとなかった。
「お前は……その短剣一本でやってきたのか?」
 少女はそう言うとクスクスと笑い始めた。
「面白いじゃない。どんな実力を持っているのか知らないけど……」
「俺に実力なんてないよ。ただ、自分が生き延びるために山の恵み
を分けてもらおうとしただけだよ」
「本当に? 本当に?」
 不安を表に出し、少女はアンリに何度か尋ね返す。
「だよ。ところで君の名前は? 俺はアンリ。アンリ・メディナっ
て言うんだ」
「私は……名前は思い出せない」
 アンリは、少女を上から下まで見つめてから気づいた。耳が少し
尖っている。遠くの異種族、エルフがこのような特徴を持っている
ということは聞いた事がある。
「君は、エルフなのか?」

 アンリは、少女の鋭い目つきに射抜かれた。
「そんな下級のものと一緒にするな! 私は戦いの女神。思い出し
た。私はあやつに利用されたのだ! 許さぬ、決して許さぬ!」
 少女はそう言うと、立ち上がり、辺りを見回した。
「ここを、抜け出すのは無理だよ。地上へとはかなりあるからな」
「そんなことはさして問題にはならないわ。行くわよ」
 アンリは、自分が女神であると言う少女の言葉を信じがたいとは
思ったものの、素直に後をついて行こうとしたその時。
緑色の氷の層をなしていた物が、ゆっくりと溶けて持ち上がった。
緑色の長いイカのような触手が伸びてきて、少女の腰を捕らえた。
「な、なんなのよ! 離しなさいったら!」
 少女は、魔法を放つことをしなかった。本体がわからなくては、
むやみに魔法を放って周りの壁をうち崩したくはない、と言う考え
があったせいだろう。少女が言う、封印が解かれたことによって、
同時にかけられていたと思われる回りの氷までもが解けてきている
のだ。
「少年、さっさと逃げなさい! この化け物の目的は私の始末にあ
るのだから!」
「そうは言われてもだな!」
 何か、放って置けなかった。アンリの底に眠っていた正義感の欠
片が反応したらしい。


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