3 俺が悪かったのかも知れない 1


 天使が天空に現れた戦いより一晩。トランザ伯によって作られ、
壊された領境周辺。
 トランザ伯側の地面には、カルティアの一撃によって開けられた
穴が水で満たされ、巨大な湖となっていた。
 一方、ラスタ伯側の大地は最初に落とされたメテオにより、軍の
テントが張られていたところまで焼けただれていた。
 高台から昼の太陽の元で見ると、一層悲惨さが募る。これが村や
町に起こっていたら、と思うとシュウの顔色は曇るばかりだった。
 シュウの横に、ロイが立って言った。
「そんな悲しそうな顔をするなよ。トランザもイッちまったことだ
し。しばらくはエフローデの野郎もおとなしいだろう」
 シュウは、首を左右に振って言った。
「そうは思えない。こちらも被害を追ったが、エフローデ公の力と
考えは底知れない。トランザよりも更に手に追えないことになりそ
うで、怖い……」
 地面にめり込んでいる隕石を見つめるシュウ。その瞳は悲しそう
に歪む。ロイはそんなシュウの頭を撫でた。
「大丈夫だ、こっちもそれなりに力を貸してくれる奴がいるんだ。
フリューザ公もその一人なんだろう?」
 それを聞いて、丁度二人の側にやってきたフォンシャンが嫌そう
な顔をした。
「俺だっているもん」
 子供のようにすねて言うフォンシャンに、ロイは頭をクシャリと
撫でた。
「わーってるよ。しかし、今度はどこから攻めてくるんだろうな。
ここからはもうこれないだろ」
 ロイはそう言って、少し開いている壁の穴をあごで指した。確か
に、穴は開いているものの、その穴を阻むように巨大な湖が広がっ
てしまっている。正面突破してこようと言うのなら、この場所は向
かないだろう。
「それでなくてもトランザもエフローデもやることが姑息だ。今度
はこちらの兵が居ないところを狙って攻めてくるだろう」
 シュウはそう言って、エクサから望遠鏡を受け取った。
 ラスタ領から少し遠くに望遠鏡を向けると、森が開けた所辺りが
フリューザ領だ。こちらは境どころか関所さえない。それだけ友好
関係にあると言うことだ。
 と、フォンシャンの懐が「フルルルル……」と鳴った。
「ボイスだ。普通のコールだ。なんだろ? はいほー毎度卵話あり
がとうございまぁす」
 いつもの調子で卵話に出るフォンシャン。ロイから変な目で見ら
れ、それ以上を続けるのは止めたようだ。
「なに? ボイス」
 するとボイスは、いつもより慌てた様子で言った。
「神託が下されたそうですが!」
 ボイスの大声に、フォンシャンは卵話を取り落とした。
「ぼ、ボイス、うるさい……」
「失礼。で、神託がくだされたそうですが。その報告を」
 ボイスは咳払いをして、冷静さを取り戻す。フォンシャンは泣き
そうな顔をしてシュウを見つめた。シュウは目線を反らして知らぬ
ふりをする。フォンシャンはため息をつき、言った。
「神託ってなに?」
 なんとか話をごまかそうとしているらしい。
「銀の髪に白い四枚の翼を持つ、天使の形をした者です。その手に
は銀の大鎌を持ち、それをかざして裁きを行うと言う。今度のラス
タとトランザの戦いに神託を下す、と聞いたと他の者から方置くが
入っています。近くに居たのでしょう、もっと詳しい話を! 今か
らそちらに行きますから」
「はぁっ?! ちょっつ! あんたが来たらヤバイだろ!?」
 慌てまくるフォンシャン。だが、その背後の空間に魔法陣が描き
出され、ボイスことグレンが姿を現した。
「ああああ……」
 フォンシャンは声に出してため息をつくと、そのまま前方に歩き
出そうとする。その首根っこをボイスはつかんだ。フォンシャンが
振りかえると、笑顔のボイスがいた。
「報告を、お願いします」
「寝てた、って言ったら怒る?」
 ボイスの顔が、にわかに曇った。
「ごまかしても無駄です――宝石を変えたのですか?」
 ボイスの言葉と、伸びて来た手にフォンシャンは後退した。
「触っちゃやーよ。で、報告ね。彼なら俺も見たよ。でもってトラ
ンザ兵を壊滅させて去ってった。それだけ」
 それを聞いて、ボイスの顔が落ちこんだように暗くなった。
「それだけですか……居なくなってしまいましたか。所在地は知ら
ないのですね」
 ボイスの言葉に、フォンシャンは何度もうなずいた。どうやらボ
イスは神託を下す天使を偉く気に入っているようである。もしかす
ると、伝説や偉人などが好きなのかも知れない。
「どうでもいいけど、制服で来ちゃってよかったの?」
 フォンシャンのツッコミに、ボイスが表情をこわばらせた。少し
目線を巡らせると、近くにはラスタの軍服を着ているシュウとロイ、
エクサがいる。
「……近くに部外者が居る場合は先に報告してください」
「言う前に来たくせに」
 ボイスは言葉を詰まらせた。そして困ったように自分の制服を見
下ろした。アークの白い制服は、自然の中ではとても目立った。
「貴方の制服を貸しなさい」
「それも問題あるかと……そもそも、盗賊に襲われてボロボロにさ
れちった」
 あはははは、と乾いた笑いをつけたし、フォンシャンは言った。
もちろんボイスに睨まれる。
「それと、借りたお金、返しとく。シュウってばツケのきく店あっ
たから」
 フォンシャンは泥まみれになったままの財布から、しわになった
紙幣をボイスに渡す。こちらもやはりボイスに睨まれた。
「いいですよ、先日の報酬から引いておきますから。清算・換金す
るまでしばらく時間がかかるようですし」
「あ、そぉ? そうしてくれるとありがたいな。ちなみに、シュウ
にはばれちゃってるから――いろいろとね。俺の裸とか」
 フォンシャンはそう言って後悔した。ボイスだけでなく、シュウ
やロイにまで睨みつけられ、拳を密かに握っているのが見られたか
らだ。
 フォンシャンはとりあえず各人に、頭に拳を一発ずつ貰う。目に
涙をため、頭を抱えてうずくまるフォンシャンを差し置き、ボイス
はシュウに頭を下げた。
「先日はこの男が失礼した。もうご存知のようだが、この事は秘密
にしていただきたい。大体のことは我が組織の一番の愚か者から聞
いているかとは思うが――フォンシャン、貴様罰金として今回の報
酬から少々引いておく」
 ボイスはそう言うと、魔法陣を描いて戻って行った。フォンシャ
ンは涙を拭って立ちあがると、シュウに泣きついた。
「お給料減らされちゃったおーぅ。ラスタ軍で雇ってよぉ」
「分かった、軍服を支給する。あと、馬も引き続き支給しよう。そ
れと――私も、渡すから……」
「シュウ!」
 そう怒鳴ったのはロイ。
「こんな奴に惚れることはないぜ! 惚れられたままにしとけ!」
「それってどんなアドバイスよ……ってか、本人目の前にして言わ
ないでよ、ロイ」
 フォンシャンは号泣しながらロイにつっかかる。ロイはフォンシ
ャンの頭を撫でると、言った。
「冗談だよ。互いに惚れあってるのは良いことだと思うぞ、俺は。
でも、男は女の尻に敷かれていた方がいいんじゃないか、と時々思
うことがあってよ。その方が女も綺麗で居られる。最近のシュウ、
色っぽいもんなぁ。反乱軍に居た頃は、戦闘時以外は天然ボケって
たから、おもちゃ程度にしかならんかったがっ」
 シュウは、ロイの足を思いっきり踏みつけていた。ロイは足を押
さえて悶絶しながら、そこらを片足でぴょんぴょんと跳ねまくる。
シュウはそのロイの背中に蹴りを入れて、高台から転げ落とした。
「エクサ、しばらく下がっていてくれるか?」
 そう言って、人払いをするシュウ。
「で、本当にラスタに力を貸してくれるのか?」
 フォンシャンの顔を、下から上目使いで見つめるシュウ。目が強
調され、いとおしさと愛らしさが伝わってくる。フォンシャンは真
面目な顔つきになり、目を細めた。
「シュウ……」
 名前を呼んで、シュウの腰に手を回す。
「これ、何」
 フォンシャンの手には、一冊の本と、小さな卵が握られていた。
本のタイトルは、 『男を虜にする一言(シチュエーションイラス
ト付)』。そして、小さな卵は音声契約を行う魔術具だった。
 シュウは慌ててその二つをとり返そうとする。だが、空振りに終
わった。
「いや、その……私に魅力がないことは重々分かっている。それに、
そのっ、貴方の態度を見ていると――」
「あはっ、信じられてない」
 フォンシャンはそう言って笑い、へこんだ。
「でもさ、魅力なかったらホントに付きまとったりしないって。平
和な世の中ならまだしも、戦場にまで追いかけることはしないよ。
何回も言ったでしょ、守ってあげるって。信じてくれたら嬉しいな」
 フォンシャンはそう言ってシュウの肩を抱いた。
「あとは残ったライバルはエスカイザかぁ。正面から行ったらちょ
っと勝ち目ないなぁ」
 信じてくれ、と言っておきながら態度が軽薄ゆえに、シュウから
冷たい眼差しを食らう。シュウはフォンシャンの手を軽く払うと言
った。
「バカがのぞいてる。ロイ、出て来い」
 茂みがガサガサと揺れた。
「に、にゃぉーん」
 棒読みされた猫の鳴き声が聞こえた。
「ロイって、趣味のぞきなのか」
「ちがうわっ!」
 ロイは茂みから勢い良く立ちあがった。
「心配なんだよ! おまえドスケベそうで節操なさそうだし、シュ
ウも鈍いし」
 ロイはそう怒鳴りつけて、再び茂みに隠れた。すでに手遅れであ
る。
「って言うか、シュウにこの本渡したのロイでしょう」
 フォンシャンはそう言いながら、『男を虜にする一言』でロイの
額をペシペシと叩いた。
「心配しなくてもちゃんとシュウは守るから。そんなに手出しもし
ないし」
 フォンシャンは納得しにくい言葉を吐いた。ロイは怪訝そうな顔
でフォンシャンを見つめる。
「だからもう心配しなくて大丈夫、ロイお兄様」
 フォンシャンはそう言って、ロイをつき落とした。坂を転げ落ち
るロイ。フォンシャンはそれを見送り、シュウを抱き上げた。
「こんな戦いはもう終わらせるから。エフローデ公たちも、はっき
りとした力量の差を見せつければ、頭を冷やすでしょ」
 フォンシャンは気楽にそう言うと、転移魔法を使った。
 だが、転移を終えたフォンシャンは、突如足から崩れ落ちた。慌
ててシュウが手を指しだして受けとめる。
「無理を、するな」
「あははは、そうだね……どうして男ってこう格好つけたがるんだ
ろうね。俺も不思議だよ」
 フォンシャンは言いながらシュウの手から離れてふらつく足でロ
グハウスの中へと入ってゆく。シュウは、その後ろ姿を不安そうな
面持ちで見つめていた。それと同時に、聖鳥シグルも遠くの木から
不安そうに首を傾げていた。



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