2 ゴメンなさい、責任持ちます。 9


 静かな夜の森が辺りを包んでいた。どこか遠くでフクロウが鳴い
ている。少し冷たい空気が辺りを満たし、その空気はフォンシャン
のピクリとも動かない体をも包んでいた。
 フォンシャンの胸の上には、シグルがうずくまって羽根を休めて
いる。もしかするとフォンシャンの体を暖めているのかも知れない。
 そのフォンシャンの指先が、ピクリと動いた。かと思うと、飛び
起きた。だが、その青い瞳は虚ろで見えているようには思われない。
「時間、ロスしたな」
 フォンシャンはため息をつくと、馬にまたがった。
「お前も、水飲みたいよな」
 フォンシャンは手のひらに魔法陣を書くと、手から水をこぼれさ
せた。馬はフォンシャンの手に顔をつっこみ、水を飲み始める。し
ばらく馬に水をやった後、フォンシャンは再び馬に乗りこみ、道を進
めた。
 すでに時刻は夜深く、足跡を見にくい状況におちいっていた。
「背中の傷は治ったけど、寒い……」
 フォンシャンは制服のポケットから黒いハンカチのような物を取
り出した。そのハンカチを広げると、見る前に大きく波打ち、マン
トとなった。魔術で収縮されていたようだ。マントで体を包み込む
と、夜道を進む。
 ふと、フォンシャンは顔を上げた。遠方に小さな光がポツリと見
える。取りあえず光りの方へと馬の足を向け、走らせる。
 光りが漏れていたのは、小さなログハウスだった。いささか見覚
えのある感じの作りだった。
 フォンシャンは手綱をログハウスの柱に結びつけると、戸を叩い
た。
「はーい、フォンシャーン」
 中から声と共に何かがフォンシャンに抱きついた。
「いでっ」
 亜麻色の髪が少女の動きに合わせてなびく。
「って、オーザ?」
「いえす、フォンシャーン」
 少女は、フォンシャンと似たような制服を着ていた。まん丸の瞳
がかわいらしい。
「どうしてここにいる?」
 フォンシャンは目を丸くしたままオーザに問いたずねた。オーザ
はフォンシャンの腕をとってログハウスの中に連れこむ。
「ベッド座って。制服着替えて。フォンシャンってば制服で仕事し
たことないんだから、動きづらいでしょ」
 フォンシャンが持っていたログハウスとは多少作りが違うが、外
観が一緒であることを考えると、アークから支給されているのかも
しれない。
「だから、どうしてここに?」
「グレンに言われてだよー。どうせ迷子のボロ雑巾になってくるだ
ろうから、適当に道しるべぐらいの力にはなってやってくれってさ」
 オーザはそう言ってウィンクをする。
「そうじゃなきゃ、その怪しい風体のフォンシャンなんか助けにこ
ないよん」
 オーザはフォンシャンの首についている首輪を指でなぞる。
「触るなって」
 フォンシャンはオーザの手を軽く払うと、制服を脱いだ。制服の
背の部分を見つめてため息をつく。
「怒られるな、ボイスに」
「いつものことじゃない。しかも休暇中に破っただなんて知られた
ら、大激怒だろうね。背中、治療が中途半端だね」
「仕方ないじゃん、背中に手が届かなかったんだから」
 オーザは、フォンシャンの背中を濡れたタオルでそっと拭いてやっ
た。タオルは血で染まるが、ふき取った後はすっかり傷跡がなくな
っていた。オーザはどうやら媒介魔術を使うらしい。手で触れた物
を魔法物質とし、思うように使うようだ。
「少し寝なよ。グレンに聞いてるよ、今回、お嬢様が美人だったか
ら転移がんばったんだって? あの魔法、確かに時間短縮はできる
けど、実際飛んだ距離だけ疲労が重なるから不便なんだよね。で、
なんだってお嬢様と一緒にいないの?」
 オーザに言われて、フォンシャンは黙った。ぐぐーぅと、フォン
シャンの腹が鳴った。
「……オーザ、なんかゴハン。よくよく考えたら昨日の昼あたりか
ら全然食べてない」
「フォンシャン、あんまり無理すると、死んじゃうよ? ただでさ
え魔法力不足なんだから。それに加えて貧血、金欠ときたら……」
 フォンシャンは、思いっきりうつむいた。本当のことを言われ、
かなりへこんだ様子。オーザはクスリと笑うと、フォンシャンの頭
にバスタオルをかぶせた。
「取りあえず、シャワー浴びてきなよ。その間にご飯用意しておい
てあげるから」
 オーザはフォンシャンにいつも着ているような長袖のティーシャ
ツとズボン、下着類を渡す。
「……俺のはいている下着、見たことあるの?」
 フォンシャンは、ふと気になってオーザに聞いた。
「あたしのダンナと同じぐらいの背丈に歳だから。男の子の無難な
下着ぐらいわかってるわよ」
 オーザの返事に、フォンシャンの口がポッカリと開いた。
「え?」
「なに?」
 オーザはまだどう見ても十代後半。
「オーザって、いつ結婚した」
「いつって、3年ぐらい前。そろそろ浮気問題が浮上してきそうな
年だけど」
「誰と」
「グレン」
 やや間があった。
「はぁ?」
「招待状、送ろうと思ったけど、グレンが不幸になるから送るなっ
て」
「ヒドイ。」
 フォンシャンはそう言って涙ぐんだ。
「泣かないでよ。冗談なんだから。そもそも結婚式なんてしてない
の。籍入れて一緒に暮らしているだけなんだから」
「なんだ、本気で嫌われてるのかと思った――てか、ボイスってロ
リ……コン?」
「んーん。あたしが強引だっただけ。って言うかぁ、グレン以外フ
ォンシャンの友達できないって」
「あ、そ」
 フォンシャンは酷く落ちこんだ様子を見せた。オーザはフォンシ
ャンの肩をポンと叩くと、笑顔を作って言った。
「それに、グレンにもフォンシャン以外友達いないんだから。いつ
も卵話だろうから分からないと思うけどさ。あんなクソ真面目でお
カタイ人、アークの中じゃ孤立するの当たり前なんだから」
 フォンシャンは「そうなんだ」と一人ぼやくと着替えを持ってシャ
ワーを浴びに行った。
 血と汗にまみれた体を、ぬるめのお湯が洗い流す。心地よいはず
なのだが、フォンシャンの口からはため息しか出てこない。シャワ
ールームの中にある鏡には、暗い顔しか映っていない。今までは気
づかなかったフォンシャンの癖が露になった。首輪の宝石を触る癖。
その宝石になんの意味があるのか分からないが、フォンシャンにとっ
て大事な物らしい……

 フォンシャンがシャワールームから出てくると、オーザが簡単な
食事を作って待っていた。
「牛あーんどタマネギ。面倒だからパンにはさんじゃえ風」
「意味わかんねぇ」
 フォンシャンは、目を細めて言った。バスタオルで髪を乱暴に拭
き、目の前に出された皿の上を見た。名前はややこしいが、出てき
た物はシンプルだった。牛肉とタマネギが良い色に炒められており、
ロールパンの間から顔をのぞかせている。
「それ、お腹いっぱいにはなると思うから。食べたら本当に少し寝
なって。一時間で起してあげるし、その間にフォンシャンの未来の
奥さん、って人の正確な居場所調べてあげるから」
「あ、ありがとう。本当にグレンの奥さんなんだ。俺の言ったこと
知ってる……」
 フォンシャンはパンにはさんじゃえ風を口にほおばりながら言っ
た。オーザがしかめっ面をして、「食べながらしゃべんないでよ、
汚い」と怒る。フォンシャンは一言「ごめん」と謝ると、食べるの
に集中した。
 フォンシャンが食を進めている間、オーザは鏡を見つめてなにや
ら真剣な表情をしていた。良く見ると、鏡に魔法文字が光りを放ち
ながら浮き出ている。
「ほら、早く横になりなって。軍だって現地到着早々戦うわけない
んだから」
 オーザは手を止め、フォンシャンをベッドに無理やり座らせる。
「それも、そうだね」
 フォンシャンはいささか安心した様子を見せ、ベッドに横になっ
た。目をつぶると、しばらくして寝息が聞こえてきた。相当疲れて
いたようである……



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