2 ゴメンなさい、責任持ちます。 8
しばらく森中を馬を飛ばすフォンシャン。幾つもの蹄の跡や、足
跡がついていて追うのは簡単だった。どの村にいるのかが分からな
い今となっては、地道に後を追うしかなかった。
「むむのむー。三部隊に分かれちゃってる。ああっ、しかも地図が
ないからどこ行ったらいいかわかんないっ」
フォンシャンは頭を抱えて馬上で暴れる。馬は不機嫌そうにいな
なくと、道に生えている草を食べ始めた。
「あう、休憩? あ、シグルちゃん」
フォンシャンは頭上で旋回をしているシグルを見つめ、手を振った。
シグルはフォンシャンを見つけ、頭に舞い降りた。
「だから……巣じゃないんだから。頼むから卵だけは産まないでく
れ」
フォンシャンはシグルを掴むと、顔の前に持ってきた。シグルは
首を傾げ、次いでフォンシャンの手をくちばしでつまんだ。
「いってぇー。そうだ、俺のこと、また助けてくれない? 匂いを
追ってとは言わないけど、場所を調べてくれないかなぁ」
無理なお願いだと知りつつも、フォンシャンはシグルに言った。
シグルは鋭い目を向けたが、仕方ない、と言った様子で飛び立った。
シグルはしばらく姿を消した後、再び舞い戻ってきた。シグルは
少し困ったように旋回をすると、馬の頭の上に止まった。シグルは
毛づくろいを少しした後、飛び始めた。フォンシャンはシグルの方
向に馬の頭を向けさせた。
少しの間、フォンシャンはゆっくりと馬の歩を進める。しばらく
してシグルがフォンシャンの頭の上に落ち着いた。
「しかし、腹が空いたな。何か食べてから出てくれば良かった……
シュウもやってくれるよね、俺の扱い、知ってるよね。それとも誰
かに聞いたのか……」
フォンシャンは首輪に触れた。そして、少し曲がっていたのか、
位置を直す。
「そろそろ、限界かな……でも、追いつくにはもう一度魔法陣書か
なければいけないかな。この先の領境まで少なく見積もって15キ
ロぐらい――かな。もう少し土地勘をつけとくんだった。それに……
お客さんだよ、ついてないなぁ」
フォンシャンはため息をつきつき馬から降りた。馬を近くの木に
結びつけると、一方向を見つめた。森の一部が、不自然に動いたよ
うに見えた。
一点を見ていたフォンシャンの目が左右を交互に二度、三度と見
る。
「しかも、囲まれた。3人前後かな」
フォンシャンは言いきるなり、後方に一回転して飛び退いた。フ
ォンシャンが居た場所に、ナイフが数本突き刺さる。更にフォンシ
ャンは体を即座に起して前方に跳躍した。地面に刺さったナイフを
片手に二本ずつ引き抜き、右手の二本を続けざまに放った。
「ぐっ」
予想外の反撃に避けきれなかったのだろう、男のものらしき声が
した。フォンシャンは更に一本を声のした方へと投げつけ、もう一
本を小さく音がした方向へと投げつけた。
ドスッ、とナイフが突き刺さる音がした。
「ちぇっ、外したか――ふぁっ」
フォンシャンは軽く息を吸いこんだ。その右上腕部の皮膚が裂け、
血が黒い制服に更に黒い染みを作った。
「ちっ、ボイスに叱られちまうな」
舌打ち混じりに言いながらフォンシャンはカサカサと音がする方
向へと声を投げかけた。
「もっしもーし。せこくない? 山賊なり盗賊なりがする手じゃな
いぞぉ。お兄さんはとっても怒っているっ。そう言った人達は、
『おら、金目の物おいてけー』って出てくるもんだぞぅ」
「今時そんな低脳な盗賊なんていないわよ」
ため息混じりの女の声が聞こえてきた。フォンシャンは、最初に
見ていた一方を見つめた。そこから声はしていた。今までずっと動
かなかったところを見ると、彼女がボスなのだろう。
「隊に遅れた軍人さん、金目の物を置いてって下さらないかしら?
そしたらその身を切り裂かずに見逃してあげるワ」
なかなか艶っぽい声を出す盗賊だ。フォンシャンの口元に、スケ
ベな笑いが戻ってくる。
「やだよ。って言うか俺、借金してる身だからね。馬も借り物だし」
フォンシャンは最後に「ボイスにね」と小さく付け加えた。
カサリ、と音がして、何者かが木陰から出てくる。フォンシャン
は軽く身構え、姿を見極めるために目を細めた。一瞬、左右の人物
の動きに神経を尖らせるも、何もしかけて来ないと悟る。
「俺は、武器は持ってないからな。ナイフの一本さえ持ってないぞ。
貧乏でそんなの買えない」
フォンシャンはそう言って両手がカラであることを証明するため、
頭の横で両手を振る。
「……その制服、ラスタ領のものではありませんぜ」
野太い男の声が聞こえてきた。
「かと言って、隣りのトランザの物でもない」
凛とした声が反対側から聞こえてくる。多分、傷を追ったのは後者
のようだ。最後に短く息を吐く音が聞こえてきたからだ。
「俺、急いでるだけどなぁ。それに、あんまり人を傷つけたくないし」
フォンシャンは、右腕の傷口をハンカチで縛ると、姿勢を正して立っ
た。
「良い男がどうして急いでるのかしら? ご執心な女の子でもいるの
かしら」
女はそう言ってクスクスと笑う。
「うん、俺の奥さん」
「あら、ご結婚なさってるのかしら」
「いんや。将来の奥さん」
フォンシャンが胸を張って言いきったのに対し、無言が取り囲んだ。
「無駄話をしているヒマはないんだ。やるならやるけど……軽い怪我
じゃ済まなくなるよ」
フォンシャンは左手で右手を支えながら、胸の前の空間に魔術文字
を書き始めた。
「魔術士か」
野太い声が少し焦ったように言った。それと同時にナイフがフォン
シャンに降り注ぐ!
金属の甲高い音が何度も続き、次いでドスドスと突き刺さる音が辺
りを騒がしくした。
「甘いね」
フォンシャンは剣を手にしていた。それで全てのナイフを弾き返し
たらしく、足元にナイフが散らばっている。
「俺の、邪魔をしないでくれ」
フォンシャンの碧眼が、黒い漆黒の光りに変わった。
「私の剣が、おまえ達を無に帰す前に、立ち去ってくれ」
細めた目からこぼれる闇にも似た漆黒の瞳は、美しさと恐怖を呼び
起こした。姿を見せていない二人の盗賊もそれを悟ったのか、緊張感
を飲みこむ。ただ、少し鈍いと思われる女が、前に進み出てきてしまっ
た。
「何を、ふざけたことを抜かす……利き腕をやられて、剣をうまく扱
えると思って?」
「どうかな」
フォンシャンは剣を右手一本で構える。そして、左手で小さな魔法
陣を描いて右手の傷に押し当てた。
ジュゥ……と何かが音を立てた。
「これで、難なく右腕は使える」
女は舌打ちをして、フォンシャンに完全に姿を見せた。その手には
細めの剣が握られていた。突きを得意とするその武器は、細い女の腕
に合ってはいたが、盗賊が使う武器ではないようにも思える。だから
こそ、彼女は最初に手を出さなかったのであろう。
「……せっかくの美人なのに、こんな森の中ではもったいないな」
フォンシャはポツリと呟いた。その目はいつものように青いものに
戻っていた。
「そう言うあなたも、そんな制服とは不つり合いな程かっこ良いわよ」
女は、太股とくびれを露にした、ワイルドさの中に色っぽさを放っ
た格好をしていた。
「不つり合いって……制服似合わないの気にしてるんだから」
フォンシャンはそう言うがいなや、女の間合いに一気に入りこんだ。
女はギリギリでフォンシャンの剣を受け止め、顔を歪ませる。刃と刃
がこすれ合い、ギリギリと音がする。
「美人なのにぃ」
力ではフォンシャンの方が男である分力が勝るらしく、余裕がある。
しばらく女を弄ぶように剣を押していたフォンシャンだが、その目が
大きく見開かれ、体が軽くのけぞる。
何かが突き刺さる音。まだ二人、姿を現していない男がいたのを、
忘れていたようだ。
背に数本のナイフを受け、フォンシャンは女を睨みつけた。
「二人っきりでもっと語りたかったんだけどね。邪魔者がいたんじゃ、
台無しだ」
フォンシャンは女から飛び退いた。そして、背中に突き刺さったナイ
フを何本か引き抜く。瞬間に、血が吹き出た。フォンシャンは二、三歩
よろけ、身を起す。
「悪いけど、何日か動けなくしておくよ」
フォンシャンは手についた血で口を拭った。自分の背から引きぬいた
ナイフを握りしめ、フォンシャンは女から離れた。
「別に、男の姿は見たくないから良いんだけどね、出て来いなんて言わ
ないから」
フォンシャンは言いながら一本の木に背をつけた。寄りかかった瞬間
に痛みが走ったらしく、顔の片側を歪める。
「背中を見せなきゃ良いってもんじゃねぇぜ」
野太い声が聞こえた。
「うるさいなぁ」
フォンシャンはそう言うなり、声のした方向へ血のついたナイフを投
げつけた。
「ぐっ」
「男のおしゃべりはみっともないよ」
フォンシャンは更にナイフを投げる。
「あまり、焦った気を放つのもよろしくないよ――」
違う方向へとナイフを投げ返す。うめき声が少しの間聞こえていたが、
すぐに静かになる。
フォンシャンは、ゆっくりと女に近づいて行った。
「ごめんね」
フォンシャンは女を追い詰める。持っていた剣を握りしめ、女ののど
元に突きつける。女は木を背に、行き場を失った。フォンシャンは剣を
構え、女の肩を刺し貫いた。
剣は木と女とを釘付けにした。だが、血は一滴も流れ落ちていない。
フォンシャンはため息をつくと、言った。
「大丈夫、俺が遠くに行ったらその剣は消えて動けるようになるから」
フォンシャンはそう言い残すと、ゆっくりとその場を去った。
馬のところへ戻り、手綱をとって歩き始めた。
「……ちょっと痛い」
フォンシャンは背中を見ようと首を回すが、そんなことで自分の背中
を見れたら苦労はない。
「いやーん……貧血だぉー。自分じゃ背中治せない」
馬に乗り、タテガミに顔を埋める。頭上では心配そうにシグルが羽ば
たいている。
フォンシャンが扱う魔術の方法が、音声魔術や物を媒介して行う魔術
であれば背中を直接治すこともできるのだろうが、魔法陣を描いて行う
のは少し難しい。
「このまま、運んでくれたら嬉しいんだけどなぁ……少し、休みたい」
フォンシャンは言いながら、首に手をやった。あの黒革の首輪が指に
当たる。首輪の位置を少しずらし、宝石を指でなぞった。淡いブルーの
宝石は、キラキラと光りを放つ。だが、フォンシャンは首輪を外すこと
はしなかった。外せないのか、外したくないのか……
シグルが、馬の頭に降り、心配そうにフォンシャンの顔をのぞき込ん
だ。
フォンシャンの額には汗が浮かび、顔色もいささか青く見える。
「やばい……」
そう呟いた途端、フォンシャンは馬から落ちた。右肩から落ち、フォ
ンシャンはうめき声をあげた。
「シュウ……シュナ、しゅないざぁ」
切なげに呟き、フォンシャンはその場に仰向けになった。
その瞳は漆黒の闇に変わっている。そのまま目を閉じ、荒い息を整え
るかのように深呼吸をする。
「大地よ、私にほんの少しの力を貸してくれ」
フォンシャンは手のひらを地面に押しつけた。手のひらから魔術文字
が大地に広がる。魔術文字は大地に光りを与え、光りはフォンシャンを
包み込んだ。
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