1 プロローグ 8


 町の明かりに照らされ、巨大な壁が浮かび上がっていた。
「高い、ですね……」
「遠くで見て高いと認識できるんだから、近づいたらもっと高いだ
ろうねぇ」
 シュウの悲観した声に、フォンシャンはあっさりと言い放ち、追
い討ちをかける。
「強国名乗るちょっと前に、この高さを国境全部に張り巡らした、
って言っていたけど、本当だったんだねぇ」
 フォンシャンはそう言ってあくびをする。
「眠いんですか?」
「んぁ……ちょっと疲れてるだけさー。へーきへーき。あそこを抜
ければ後は楽だけどね」
 フォンシャンはにこりとシュウに笑いかける。
「抜けられるんですか?」
「……あはっ」
 シュウの真剣なまなざしからちょっと目をそらして、フォンシャ
ンは笑った。
「まぁ、かなり無理をしてみればできる……かも?」
「と、私に聞かれても」
 シュウは複雑そうな表情をフォンシャンを見つめ返した。
「とりあえずご飯食べに行こう。って言ってももう手配書回っちゃ
ってるかなー。俺のはともかく、シュウちゃんのはあるだろうし……
デート失敗?」
 フォンシャンはそう言いながらシュウの手を引いて町へと入っ
て行く。
 町の中心へと向かうと、幾つもの店が見えてくる。いい匂いがし
てくるものの、フォンシャンがそのどこかの店に入ることはなかっ
た。
 その代わり、少し外れの一件の屋台にシュウを座らせた。
「焼き鳥」
 シュウは、灯りに浮かび上がる文字を読んだ。フォンシャンの頭
の上で聖鳥シグルが片目を開けた。
「い、いででででっ! わかりましたよぅ、他のにしますよ!」
 どうやら聖鳥シグルはフォンシャンの頭に爪を食い込ませたらし
い。フォンシャンは屋台のおじさんに何度も謝りながらシュウを立
たせ、少し離れた違う屋台へと足を運ぶ。
「煮込み屋?」
「闇鍋屋」
 シュウがよんだ看板を、フォンシャンは速攻で打ち消した。もち
ろん、そんなことを言ったものだから、店主ににらまれる。
「なんちって。お酒をきゅーっと一杯飲みながらつまむこれが美味
しいんだよ〜」
 フォンシャンはそう言って、店主から渡された皿をシュウに渡す。
 琥珀を薄く濁したようなスープに、人参や大根が顔をのぞかせて
いる。
「多分、食べたことないかもね。簡単に言うなら、ごった煮だし」
 フォンシャン、また店主ににらまれる。
「そ、それがおいしんだよー」
 フォンシャンは店主から目をそらし、良く煮込まれた肉を口へと
運ぶ。
「美味しい……」
 シュウはポツリと呟いた。
「でしょでしょ! って、俺が作ったわけじゃないけどさ。でもこ
う言うのには鼻が利くんだよね」
 フォンシャンはそう言って、にっこりとシュウに笑顔を見せた。
「かわいい……」
「へ?」
 シュウに言われて、フォンシャンは口が開きっぱなしになった。
「笑顔がかわいいんですね、フォンシャンさんは」
「たはー、ほめられちゃったー? ま、どんどん食べちゃって。俺
のおごりー」
「お兄さん、彼女とデートかい? お嬢ちゃんのお口にあったか
ねぇ」
 白髪がかなり混じった店主はそう言って、シュウに笑顔を見せた。
「ええ、とっても美味しいです。これは一体なにでできているので
しょうか」
「うふっ、俺の愛」
 店主の代わりに、フォンシャンが答えた。
 コーン、といい音がした。店主がフォンシャンの頭をオタマで殴っ
たのだ。すでに聖鳥シグルはシュウの方に移って眠っている。
「痛いー! でも美味しいトコ選んだのは正解でしょでしょ?」
「まぁ、そりゃそうだがね。丹念に何時間も煮込んで作ってるんだ
からな」
 店主は自慢げに言って違う種類の煮込みを出した。
 それから十数分。ほんのり頬の染まったシュウ。フォンシャンは
頬を軽く掻いて呟いた。
「あんまり……飲ませるべきじゃなかったね、ある意味非常事態だ
し。ま、いいや。早いトコ送り届けてあげよう」
 フォンシャンはシュウを立たせ、屋台を後にする。
 どうやらシュウは、酒気を帯びると、また性格が変わる様子。ク
スクスと笑って言った。
「さー、とっととあの壁を越えましょー! おら登ってけー!」
 そして、フォンシャンの背中をバシバシと叩く。
「はいはい。いや、美人のこう言う乱れっぷりも好きだけどさー。
ひじょーじたい、じじょーじたいっ、じょーじじたいっ。あれ、俺
も酔ってるっぽい」
 フォンシャンもフラフラになりながら、国境まで歩いて行く。
「おー、国境が見えてきちゃったよー」
 フォンシャンはそう言って手を振り回す。頭の上にいた聖鳥シグ
ルが不愉快そうに飛び立つ。
 二人の酔っ払いが国境に近づいてきたとあって、制服を着た国境
警備隊らしき兵士が二人歩いてくる。
「こら、おまえらの家はあっちだ、この壁に立ちションなんてする
なよ! しっかし、男二人でこんなところに何の用があるんだか」
 ただの見回りの国境警備隊のようだ。そんなに殺気立った感じが
しない。暗がりのせいでシュウが男に見えるのだろう。たとえ報告
を受けていたとしても、男と女の二人連れとしか言われてなければ、
フォンシャンとシュウを疑うことはないだろう。それに、緊張感な
く酔っ払っているとは思いもしないだろう。
「いっやー、そんなことしませんよぉ。ところで、この壁って行っ
たどのくらいの高さがあるんですかー」
 少し舌が回らない感じでフォンシャンは兵士に問い尋ねた。
「町の周りの高さはざっと18メートル。それ以外は8メートルっ
て言う話だが。ゴーレムまで動かして施工させたって言うんだから、
今度は本気で戦争する気らしいね、うちの大将さんは」
「へぇ、大将さんってトランザ伯さんのことかねー? 良くやるよ
ねー、彼も」
 なかなか気さくな兵士らしく、にこやかにフォンシャンの話に乗っ
てくる。もう一人の兵士が、咳払いをした。それを聞いて、気さく
な兵士の方が雰囲気を読み取ったのか、言った。
「あ、悪いねぇ、俺たちはまだ見回りがあるから。あと、国境を越
えようとしている悪い連中がいるみたいだから、気をつけるんだぞ」
「でもさー、こんな国境どうやって越えるんだろうねぇ。ああ、飛
行魔法って言う手があるかぁ」
 フォンシャンはそう言って両手を羽ばたかせる。
 今まで黙ったままの兵士が、口を開いた。
「鳥などの法力を使わない生き物は国境を越えることができるが、
国境周囲100メートル付近は一切の魔法が発動しないようになっ
ている。おかげで国境から一番近い地域に住んでいる住民からは苦
情が来っぱなしだ」
 兵士はそう言って、フォンシャンをにらみつける。
「だから、酔っ払いごときを相手にしている暇などないのだ、さっ
さと家へ帰れ」
 兵士がそう言うと、半分寝かかっていたシュウが顔を勢い良く上
げて言った。
「そー言われてもねぇ、それはそっちのタイショーさんが悪いんで
しょうがっ。そもそもなにさっ、自分の好き勝手に国境敷いたのは
そっちじゃないのさ」
 シュウはケンカ腰で兵士をにらむ。だが、少し酔っ払っての形相
のせいか、あまり凄味はない。
「なんだと。その口調からすると、オマエはこの国の者ではないな!」
 兵士はそう言ったかと思うと、胸に下がっていた笛を口にし、息
を吹き込んだ。
 甲高い、不愉快な音を発する笛。フォンシャンは片耳を押さえつ
つ、兵士に今にも飛びかかろうとするシュウの肩をつかんで後方へ
と引き戻す。
「シュウちゃん、墓穴掘らないでヨ……」
「だってぇ……偉そうな奴って気に入らないんだもん。んーどうで
もいいけど、ふぉんしゃんって、すけべぇ?」
 どうやらシュウは酔うと、どうでも良いことに鋭くなるらしい。
「はいはい、俺はスケベですよ。でもシュウちゃん、歩けるとして
も走れないでしょう」
 フォンシャンは、両手でシュウを抱きかかえていた。
「それはそうなんだけど。時々腰を触るの、止めてもらえますぅ?」
「……寒そうだな、と思って」
 無理矢理な理屈をこじつけて、フォンシャンは答えた。シュウは
ため息をつきつつ、言った。
「ところで、どこへ行くつもり? 町へ逃げ込む?」
 シュウの問いかけに、フォンシャンは余裕を含んだ笑顔で答えた。
「町へ逃げ込むなんてまどろっこしいことはしないよ。このまま国
境を越える」
「どうやって!」
 つっかかってくるシュウに、フォンシャンは笑顔で答えた。
「ナイショ。そうそう、シュウちゃん寝ちゃっていいよ。起きたら
国境越えて家に戻れているはずだから」
「どーしてあなたはいつもいい加減なことばかり言うんですかー」
「いつもって……そんなに長く一緒にいたわけじゃないんだけどな。
でも、これからその気があると嬉しいなっと」
 フォンシャンはそう言ってシュウに頬を寄せて、スリスリとする。
  「なにを勝手な! さっさと国境越えろー!」
 シュウはフォンシャンの両頬をつまんで引っ張り、怒鳴り散らす。
「はいはい。わかりましたよ、お嬢サマ。でも本当に眠くなってく
る時間でショ?」
 フォンシャンはそう言いつつ、前方に見えてきた国境警備兵を二
人ほど殴り飛ばした。
 シュウはのまぶたは、フォンシャンに言葉につられたかのように
重くなっていった。
「でも……国境を越えなければ帰れない……」
 シュウはそう言いながら、フォンシャンにしがみついた。眠気の
せいか、体から少し力が抜けかけたらしい。
「むふっ、男冥利につきるねぇ〜。んーもっとスリスリしたいー! 
ついでに唇が近い〜」
 シュウが落ちないようにとフォンシャンの首にしがみついている
もんだから、顔が近い。
 などと言って気を抜いている間に、フォンシャンは十数人もの国
境警備隊に取り囲まれていた。
「たはっ、変な時にスケベ心出すもんじゃないねぇ。囲まれちっ
た」
 先ほどの無愛想な兵士が、一歩前へ進み出て言った。
「ここでは飛行魔法で逃げることも、攻撃魔法も発動はできない。
だが、我々は魔法を使わずに発動する武器を持っていることを教え
ておこう。降参するならば、いまだ」
「あら、降参のチャンスをくれるなんて、意外とイイヒトだったの
ねん」
 フォンシャンはそう言って目元を潤ませ、半分眠りに陥っている
シュウを抱きなおす。
「でもね、俺はこのお姫様をパパさんの元へと送り届けなければな
らないの。俺もこれでご飯が食べられるわけだし、どの道おにーさ
んたちに捕まっちゃったら痛い目見るだけだもの」
「そうか。それでは仕方ないな――捕まえろ。ただしあの男の抱き
かかえている者は無傷で捕らえろ。もしかすると、トランザ伯がじ
きじきに指名手配した者かも知れない」
 兵士の言葉に、フォンシャンは声を出さず、口だけで「あったり〜」
と言った。
 その数秒後、警備隊が一気にフォンシャンへと襲い掛かった。
 魔法も使えず、人を一人抱えた者に、勝ち目と言うものは無いに
等しい。
 フォンシャンも、最初の一人二人は難なく動けなくしたものの、
後続の数名に苦戦する。
 そのうちにフォンシャンの姿が兵士に取り囲まれて完全に見えな
くなってしまった。
 事が起こっているその真上では、聖鳥シグルが何か不安そうに何
度も旋回を繰り返していた。が、それに気づくものは誰もいなかっ
た。
 ふと、辺りがとても静かになった。
 沈黙の魔法がかけられたかのように、不気味な無音状態が広がっ
ていた。
 先ほどの兵士が、うろたえた様子で言う声が、辛うじて聞き取れ
た。
「ま、まさか……」
 その言葉の次の瞬間に、轟音を立てて突風が巻き起こった。
 小さな竜巻のようなその突風の発生地点は、フォンシャンと国境
警備隊らが揉み合っていた場所。
 今はその場所から警備隊の姿は無く、埃と砂を高く巻き上げる竜
巻があるだけである。
 ドサ、ドサと重く大きな音を立てて、何かが地面に落ちた。そし
て、何か液体が広がる。
 それは、人だった。辛うじて息はあるようだ。地面に流れ出た液
体――血も、高いところから落下したために負った傷ではなく、風
に切り刻まれたためのもののようだ。
 突然巻き起こった竜巻はまだ力を緩めず、国境を越えんばかりの
勢いで砂と埃を巻き上げている。
 その中心で、数メートルの光の帯が広がった。
 歩くことのできる数名の兵士は、各々気絶している者や自力で歩
けぬ者に手を貸し、一刻も早くその場を離れようとする。
「有りえない……強力な魔術師たちが交代で作り上げている結界だ……
その中で発動させることができるなど――有り得ん!」
 警備隊の一人がヒステリックに叫ぶ。
 竜巻の風が、一気に引いた。砂塵が強風に乗って辺りに散らばり、
警備隊らは顔を手などで覆った。
 数秒後に再び警備隊らが目を向けると、そこには光があった。
「悪いね、おにーさんたち。たまにはありえないことが起きちゃっ
てもいいでしょ」
 光の中から、フォンシャンの声がする。
「力が、強い方が勝つ筈でしょう」
 フォンシャンの背後から、光の帯が広がってゆく……
「おまえは何者だ!!」
 その問いかけに、フォンシャンは笑顔で答えた。
「忘れてしまいなさい、自分の中で処理できぬ出来事は。それに、
語ったところでキミたちの考えは変わらないと思うから」
 フォンシャンの背後に聖鳥シグルが舞い降り、姿を大きく変えて
ゆく。
「まさか……」
 警備隊の間抜けな顔に、クスクスと笑うフォンシャン。
「まさか、聖鳥シグルが人に懐くなど……ありえない!」
 フォンシャンは笑いながら、国境警備隊に言った。
「ありえない、って言葉好きだねぇ。それじゃあね」
 軽く手を振り、体を光に包まれて、フォンシャンはフワリと浮か
び上がった。そのまま、まるで鳥が飛ぶかのように飛翔して行く。
 フォンシャンの体は、国境の高さを楽に越え、更に上へと昇って
行く。
 数秒後、フォンシャンの体はいっそう眩い光を放って、国境警備
隊らの前から消えた……


 シュウが、耳元でヒュウウ、と鳴る風の音とその寒さでうっすら
と目を開けると、フォンシャンの真面目そうな横顔があった。と同
時に、シュウの体に悪寒が走り、「クシュッ」と言う小さなくしゃ
みが出た。
「起きちゃった?」
 フォンシャンの優しい声が、シュウの耳元をくすぐる。
「フォンシャン……ここは、どこですか?」
 シュウはそう言って、辺りをキョロキョロと見回す。しかし、雲
が月や星を覆い隠してしまっているため、よく見極めることができ
なかった。
「あまり、見ないほうがいいよ。もう少し寝てても大丈夫」
 フォンシャンはそう言って、ニコリと微笑んだ。
「でも……ここはどこなんですか? 国境を越えることはできたの
ですか?」
 シュウは不安を表情に出し、言った。
「もうとっくに越えたよ」
「でも、どうやって?」
 シュウがそう言った時、風に流されてようやく雲が切れ、月と星
が姿を現した。
 雲の合間からのぞく月の光が、とても眩しく感じられた。
それもその筈、月の光を反射するものがあったからだ。
それは、フォンシャンの背から白く広がるもの。
「フォンシャン、貴方は一体……?」
 シュウはそう言いながら、フォンシャンから離れてその正体を見
極めようとした。
 シュウはもがき、フォンシャンの腕から離れようとした。
「ちょっ、シュウちゃんあぶなっ」
 フォンシャンがそう言った時にはすでに遅かった。
 シュウは足場が無いことに気づき、再びフォンシャンにしがみつ
こうとしたが、何か下から引っ張られるような感覚に捕らわれてい
た。
「きゃあぁぁぁぁぁぁ……」
 一度上げた悲鳴だったが、シュウは目に映り込んできたものを見
て、悲鳴を飲み込んでしまった。
「一体、誰なの……」
 フォンシャンの体が月と重なり、その体からは巨大なものが広がっ
ていた。
 マントとは違う影……
 シュウは背面から突き上げてくる冷たい風と、体から引いてゆく
血の気に、気が遠のいていくのを感じた。
 その無くなる記憶の中の最後に、聖鳥シグルの鳴き声を聞いいた……



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