1 プロローグ 5


 フォンシャンは再び森の中にいた。太陽は数時間前に沈んでしま
って、辺りは暗い。今は月が雲の陰に隠れているので、余計に暗く
感じる。星の瞬きがなければ、歩くのにも苦労しそうだった。
 フォンシャンはとりあえず担いでいたシュウを地面に降ろした。
「もしもし、お嬢さん、大丈夫ですか?」
 座り込むシュウに、フォンシャンはゆっくりとした口調でたずね
た。シュウは膝を抱え込み、顔をその間にうずめて答えた。
「ああ、大丈夫。少し、慣れないところにいたものだから……」
「そんな慣れるまでいられちゃ困るんですケド。とりあえず後少し
だから、歩いてくれるかな? この先に山小屋が用意してあるの」
 フォンシャンは、シュウの手錠がはめられたままの腕を引っ張っ
て無理やり立て起こす。
 シュウは何も言わずに立ち上がり、先立って歩くフォンシャンの
後を歩き始めた。
 しばらく歩くと、雲の隙間から月が少し顔を出し、フォンシャン
とシュウを照らし出す。
「……髪がきれいだな」
 フォンシャンのまとまりのない髪が、サラサラと月の光に反射す
るのが、とてもきれいに見えたのだろう。ただし、頭に乗った聖鳥
ジグルをのぞけば。
「何色なんだ?」
 シュウの小さな問いかけに、フォンシャンは振り返りもせずに答
えた。
「この月光の下だと、銀。かな? 金髪のはずなんだけれど、髪の
毛細いから……将来ハゲっかも」
 フォンシャンはそう言いながら、ガックリと肩を落とした。
 そんなフォンシャンの後姿を見ていて、シュウがクスクスと笑う。
 フォンシャンは首を少し後ろに向けて言った。
「良かった。笑えるほど酷いことされていなくて」
「私を心配してくれていたのか?」
「一応、依頼人の大切なお嬢様だから」
 フォンシャンはそう言って、前方を指差した。
「ほら、あそこがそうだよん」
 フォンシャンが指差した先には、少し大きな物置部屋と思われる
ログハウスがあった。フォンシャンは腰ポケットからキーを取り出
し、ログハウスのドアをあけた。
「こんなところに住んでいるのか?」
「いや、仮住まい。持ち運べるから楽なんだよね」
 小さなログハウスだ、大人一人でも一日と少しあれば組み立てる
ことができる。中に入ると、暖かい木の温もりと香りが出迎えてく
れた。
「そこのベッドにでも座っていなよ」
 フォンシャンはそう言って、部屋の右奥の方を指差した。何か置
いてあるのだが、それがベッドであると、言われて見なければ気づ
かない。
 シュウはそう思ったのか、フォンシャンに言った。
「明かりはないのですか?」
「明かりなんてつけたら、誰に見つかるかわからないから、用意し
てないよ。でも、シャワーとトイレは完備してあるんだな、これが。
ベットとはま逆の隅だから。あ、ちなみにちゃんとお湯は出るよ。
わざわざうちの協会から特別な魔法装置つけてもらってるから」
 フォンシャンはそう言うと、していたマントを取り、身に付けて
いた荷物を置く。
 薄暗い部屋の中に月光が差し込み、暗さにもようやく目が慣れて
きたのだろう。フォンシャンはようやくシュウの顔を見ることがで
きた。
 ベッドに座って窓の外の月を眺めるシュウの横顔は、男のように
凛々しく、そして女の柔らかさを備えていた。目元は涼やかで、鼻
筋が真っ直ぐ通り、アゴのシャープなラインがとても色っぽい。
 どうでも良い話、フォンシャンは、口元のスケベそうな笑いが示
している通り、スケベだった。
 たとえ、相手が貴族の令嬢であり、しかも依頼を受けて救出した――
言わば商品だとしてもだ。
「やっぱ、美人さんだぁ」
 フォンシャンは、シュウに聞こえないように呟くと、コソコソと
シュウの左隣に腰掛けた。
「ねねね、カレシとかいるの?」
「カレシ?」
「あ、戦ってたらそんなヒマないかぁ。ところで、あんな地下牢に
いて体冷えなかったぁ? シャワーあるよー」
 暗闇が、フォンシャンのスケベ面を隠してくれていたことに感謝
しよう。
「結構です。そもそも手錠をかけられたままでは」
「あ、そう言えばそうだったねー。でも、体冷えてるよー? 手が
すごく冷たい」
 フォンシャンはそう言って、左手を伸ばしてシュウの手に触れる。
右手はちゃっかりシュウの肩を抱いている。
「そう言われて見れば、そうなのかも知れません。できれば手錠を
解いていただければ、と」
 シュウの沈着冷静な声が返ってくる。特に男に肩を抱かれたり、
握られたと言う経験がさほどないように思える。まぁ、誰しもお嬢
様、もしくは反乱軍のリーダーとして見ているわけで、仲間内では
そんなことをしてくる輩はいないのだろう。だから、シュウがさほ
ど拒否しなかったのだろう。
 それをいいことに、「冷えてる、冷えてる」と連発しながら、フ
ォンシャンはシュウを押し倒す。
 ベッドに無理やり横にされたところで、シュウは対して戸惑うこ
となく、言った。
「あの、手錠を……」
「今外す」
 フォンシャンが言うのと同時に、手錠がジャラリと音を立ててシュ
ウの手首から離れた。フォンシャンはそれを床に投げ捨てると、シ
ュウの耳元で言った。
「おにーさんが体のあったまることをしてあげよー」
 と、ふざけたことを言ってのける。
 さすがに、服を脱がそうとする手つきから、シュウも意味がわかっ
てきたのか、フォンシャンを押しのけようとする。
「いらない! と言うか貴方は一体なにがしたいんですか!」
「うふ、俺の奥さんだもん」
 身勝手な返答をするフォンシャン。
「ふ、ふざけるな!」
 フォンシャンは、その罵声と共に、左の頬を殴られた。
「あちちち……冗談なのに〜」
 半分以上本気っぽかったのだが。
 フォンシャンは、殴られた頬を数度撫でると、起き上がった。
 そして、懐から卵話を取り出し、何かいじくる。
 卵は手の平で数度グレイの光を放ち、その後白い光に変わった。
「フォンシャン。もう標的を確保したか?」
 どうやら、ボイスに報告をするようだ。
「しましたよ。例の場所に来てます。とりあえず、元気みたいで。
頬を殴られましたぁ〜。あーあ、俺の美貌がぁ」
 相当強く殴られたらしく、フォンシャンは指先で小さく魔法円を
書くと、氷を編み出し、頬に当てた。
「それは、キミの標的の安否の確認の仕方に問題があるだけだと思
われます。男女関わらず服を脱がすと言うことは今後一切やめなさ
い。それに、女性であればその場で……」
「ぼいすぅー、彼女が目の前にいるんで、それ以上は控えちゃって。
だって、女の子って見えないところに傷作っちゃってるとカワイ
ソーなんだもん。そもそも女の子が体許してくれるのは、僕のヤサシ
サ、ってやつだもん」
「気持ち悪い口調で言うな。次の指令だ。彼女を父君シュルツ・ラ
スタ伯の元へ送り届けろ。シュナイザー・ラスタどの、いささか不
満と思うが、承知していただけるとありがたい。反乱軍関係者にも、
この時点で連絡が行っているはずだ」
 ボイスはフォンシャンを無視して、シュウへと話し掛ける。
 シュウはしばらく考えた後、答えた。
「軍へ連絡が行っているのならば、私を助けようと動くことはない
だろう。それならば、一度父上の元へと戻っても良いだろう。この
者に私の命を預けるのには少々不安な面もあるが……」
「あはっ、言われちゃったー」
 フォンシャンは照れたように笑う。ボイスが呆れたように言う。
「その男の言動には不満と不安があるだろうが、防御の腕にかけて
は信頼できる」
「失礼なー! 一応攻撃とかもできるんだけどなー特に夜はつおい
おー」
 シュウは首をかしげ、ボイスが卵話の向こうでため息をついた。
「あ、つまんなかったー? 一応襲わないようには気をつけるから。
とりあえずそろそろ切らないとやばいかなー。この会話、妨害かけ
るの忘れてたから」
 街中で卵話で話をする際、周りの声を一緒に送り込んでしまわな
いための防御機能と、相手の会話を他者に聞かせないための空間封
印の機能がある。
 そして、その機能を使わないで卵話すると、他人にも会話が丸儀
声であるのと同時に、遠方からでもその会話を念で探って聞き取り、
更に居場所を見つけることができるのだ。
 つまりは、トランザ伯の軍兵の中にそれができる魔法があれば、
この場所はすでにお見通し、と言う事である。
「な、なんだと!!」
 卵の向こう側から、ボイスの怒鳴り声が聞こえてきた。
「だって、シュウの声聞こえてきてるじゃん。ボイスも案外マヌ
ケー」
 フォンシャンの声の後、ボイスはとても静かになった。
「ともかく数時間の休息の後、すぐにそこを発つように。フォンシャ
ン! 貴様は死んでもいいから跳び続けろ!」
 半ばキレ気味でボイスが言い放つ。そして、会話は切れた。
「あちゃ。怒られちゃった。でも、ちゃんと守るから安心してね、
なにが起こっても」
 フォンシャンはそう言って、シュウに近づくと、恐れ多くも唇に
軽くキスをかます。
 一瞬の出来事であったのと、卵話の光が消えて暗闇にシュウの目
が慣れていなかったのが幸いしていた。
 シュウはきょとんとした表情を浮かべただけだった。
 フォンシャンは、シュウの頭を軽く撫でて言った。
「とりあえず、仮眠しておきなよ。大丈夫、もう襲わないし」
 シュウは自分の唇を軽く押さえたまま、不思議そうな顔でフォン
シャンを見た。
「変な人だな、貴方は。お言葉に甘えて、少し眠らせてもらう。人
格はともかく、魔法の腕は確かのようだから」
 とりあえず魔法の腕だけでもほめて貰って嬉しそうに笑うフォン
シャン。その隙に、シュウはさっさと眠りについていた。
「はらら……なんともまー無防備な。もっかいちゅーしちゃおっか
なぁー」
 フォンシャンはそう言って、コソコソとシュウに近づく。
「……止めとこ。後でボイスにどやされる」
 フォンシャンはそう言って壁に寄りかかり、軽く目をつぶった。
 少し涼やかな空気が流れ、同時に静まり返った。
どこかで鳥の鳴く声が聞こえる。フォンシャンの頭の上に、まだ陣
取っている聖鳥シグルも、ちゃっかりシュウの枕もとに陣取り、静
かだ。多分眠っているのだろう。



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