1 プロローグ


 森の中を、雨が覆っている。降る雨は、時々吹く風に乗って寒さ
を運んでくる。
 その森の中の一本の木の下で、一人の人間が座っていた。体の線
から言うと男であろう。服の袖からのぞく腕を見ると、まだ若いと
見える。
 青年は、地表に現れている太い木の根っこの上に足を投げ出し
て座っていた。背を木肌につけ、ややうつむき気味になっている。
顔の方は雨よけ替わりにかぶっているマントのフードでよく見るこ
とができない。
 ふと、空を厚く覆っていた雲が薄くなり、今日始めて太陽が顔を
のぞかせたが、もう沈みかけていた。
 しかし、太陽は今日最後とばかりに赤く強く輝き、その光の反射
がとても美しい色のハーモニーを見せてくれた。
 赤からオレンジ、そして闇と交じり合うような紫を浮かび上がら
せる。それはとても神秘的だった。
 太陽の光に気づいたのか、青年が顔を上げた。その瞬間、頭にか
ぶっていたフードがハラリと落ちた。
 綺麗な透き通るような赤毛がこぼれる。いや、太陽の光を通して
のことだから、本当は違う色なのだろう。短めの髪がまとまりなく
はらりと散らばる。
 青年の歳の頃は、二十代前半ほど。
 まぁ、顔を見れば鼻筋も通っていて、そんなに元は悪くなかろう
が……どうやら口元のニヤリ笑いがその整った顔を崩しているよう
だ。
 はっきり言うならば、スケベそう。それと、首に付けられた黒革
の首輪が怪しい。さらに怪しいのは、その首輪についている大きな
宝石。淡いブルーの綺麗な宝石なのだが、そんな趣味の悪いものを
普段からつけていたら、きっと友達はできないだろう。と言うか、
仕事の同僚とかも引いてしまって近寄ってこないのでは? と思う。
 と、口元を更に笑顔に変えて、青年は言った。
 口元を更に笑顔に変えて、青年は言った。
「キレーじゃん、今日も太陽さんは」
 青年は立ち上がり、大きく伸びをした。それと同時に、どこから
ともなく「フルルルル……」と言う笛のような、鳥の声のような甲
高い音が聞こえてきた。
 音源はどうやら青年の懐のあたり。
 青年が自分の懐に手を入れて抜き出すと、そこには透明な卵の形
をしたものが握られていた。その卵には金属製の凝った縁飾りがさ
れており、今は卵の真ん中辺りが淡いグリーンに断続的に光ってい
る。
 青年は卵の中に浮き出ている文字を見て、ため息をついた。
 そして、金属の飾り縁の一部を触ると、光は消えた。青年は卵を
懐へとしまう。
 森に静けさが帰ってきた。
 が、今度は先ほどの倍もあるかとは思える音量で「フルルルル!」
と鳴り出した。
 その音に驚いてか、近くの木にとまっていた鳥が大量に飛び立っ
た。
「わかった、わかりましたってばさ!」
 青年はいささかうんざりしたような、投げやりな調子で言うと、
再度懐から卵を取り出した。
 卵は、今度は真っ赤に輝いていた。
「はなからレッドコールで呼べばいいのにさ。俺が携帯卵話(ケイ
タイランワ)嫌いなの知ってるくせに」
 青年はそう言いながら、卵の左上部にある金属の飾りに触れた。
 卵の激しい赤い光が止み、淡い青色へと替わった。
「はぁい、卵話ありがとうございまぁすぅ。当店では様々な女の子
を取り揃えておりますぅ。貴方のお好きなタイプの子を、お好きな
時間に……」
「フォンシャン。毎回毎回似たような手を装うのはやめなさい。
レッドコールの意味がわかっているのですか」
 卵から、感情の篭っていない無機質な男の声が聞こえてきた。
「はいはい、近くで誰かがピンチなんだろ〜」
 男はフォンシャンのやる気のない答えに、声はため息をついた。
「あらかた間違ってはいない答えではあるが……ともかく今は言わ
れた場所へ向かってくれ。そこから8キロほど離れたところにあ
る……」
 男の声を、フォンシャンがさえぎった。
「ヤダ。遠い」
「8キロ先にある例のトランザ伯爵家のエルトランテ城へと行って
ほしい」
 男はあっさりとフォンシャンの言葉を無視し、話を続けた。
「もっとヤダ。あそこの近くには確か小規模だったとは思ったけど、
人がいたはずだろ?」
 どうやらフォンシャンは、どこかの会社か組織に所属しているら
しい。
「まだ城に乗り込める程の技能を持った者はいない。それに一つ、
いいことを教えてやろう」
 無機質だった男の声が、少し人間味のあるものに変わり、フォン
シャンの顔が少し真面目なものになった。
「今回の仕事は、エルトランテ城から一人連れ出すと言うものなの
だが――女だ。それも美人」
「行く」
 フォンシャンの返答は、驚くほど早かった。
そして、足も。
 走りながら、フォンシャンは卵に向かって言った。
「ところで。その娘っ子はどこに?」
「城の地下牢の可能性が高い」
「ってことは……ちょっとガラが悪い子なんでない? 俺ってば、
そう言うのは苦手」
 フォンシャンの走るスピードが、少し落ちた。
「そんなことはない。ランテ伯の実の娘だからな」
「へぇ。あの大陸淘汰を主張している領主に隠れて反対している領
主の娘かー。陰謀くさいねぇ、無理やり嫁にもらおうって言う筋?」
 フォンシャンはそう言いながら、卵の背面についている小さな青
い宝石を押した。
 その宝石から半透明な羽が生え出て、フォンシャンの手から離れ
た。そして、フォンシャンの左即頭部辺りを飛び始める。
 羽の生えた卵、どうやら自動追跡して声を届けることもできるよ
うだ。
 フォンシャンは『飛行』の魔法を唱え、一気に森の上部まで飛び、
そこから目的地エルトランテ城へと向かいはじめた。
「それで、その娘と、領主たちの関係は?」
 フォンシャンは、卵に向かってそう問いたずねた。
「数年ほど前まで、目元を仮面で隠した男が一人、大陸淘汰を始め
た領主エフローデ公の放つ軍と民間との戦いで力を貸していただろ
う」
「ああ、そう言えばいたねぇ。マイザー・エフローデだっけ? そ
う言えば最近は強国を名乗り始めたような」
 フォンシャンはそう言いながら、一際高い木を飛び越した。
「……うだ。そして、今まで戦いに参加していなかった領が強国側
につくと言い始め……まぁ早い段階で名乗りを上げたのが、今回の
メイス・トランザ伯だ」
 フォンシャンの飛行能力の速さに追いつきにくいのか、卵が少し
遅れたりして、声の聞こえに若干の乱れが生じてきた。
「わりぃ、少し大声でしゃべってくれよ。早く向かいたいんだけど、
情報必要だからさ」
 フォンシャンの言葉に、男は「わかった」と答えた。
「んで、その仮面の男がなんだって? ここ最近話を聞いてない
よな、ソイツ」
 フォンシャンは、首を少し傾げながら言った。過去数年前の歴史
の記憶を呼び起こそうとしているらしい。
フォンシャンが黙っているのを悟って、男は「3年前からだ」と
言った。そして更に話を続ける。
「それが今回接触対象――娘の父、シュルツ・ラスタ伯だ。娘は反
対領地グループの中にある主要反乱軍のリーダーだ」
「んじゃぁ、それってば相当気が強いこ娘ってわけ?」
「憶測になるが、そうだろう。まだ連れてこられて数時間しか経っ
ていない。武装と口調とが男であるから、しばらくは女とわからな
いだろうが、その正体が知りえたら――」
「いや〜ん、俺の奥さんぴんちー」
 ファンシャンはそう言いながら、空中をくるくると転げ回る。
 卵の向こう側から、男が深くため息をつく音が聞こえてきた。
「いつも思うのだが、何人未来の奥方がいるのだ? と言うか、
この間の彼女はどうした」
「あらーん、ボイスがプライベートに口はさむの珍しいねぇ。と言
うか、まだ名前聞いてないんだけど」
「シュナイザーだ」
「男くさい名前だねぇ」
「反乱軍内部では、シュウと呼ばれている。父親のシュルツとして
は、自分の跡を密やかに継いで欲しいと思ったのだろう。思ってい
たよりも大々的に彼女は動いてしまったようだが」
 フォンシャンは、「ふーん」と呟き、思い出したように言った。
「そう言えば、城の見取り図は?」
「そんなものはない」
「やっぱやめよっかな」
 フォンシャンは小さく言うのと同時に、一本の木のてっぺんに足
を下ろした。
「なぜ? 君の能力であれば可能なはずだが? そもそも、毎回見
取り図などの詳細を渡したところでなくしてくるではないか。それ
が続いているものだから、上級クラスの連中がお前には詳細を一切
渡すな、と言われている」
 フォンシャンは頭を軽く掻いてため息をついた。
「もしかして、俺の自暴自棄ってやつ?」
「それを言うなら自業自得、だ。それに、すでに音声による契約を
結んでおいた。今破棄すると、違約金が発生するが?」
 男の言葉を聞いて、フォンシャンは卵を見つめたまま、口をポカ
ンと開けた。
「はら〜さっき言ったヤツ、もう音声契約されちゃったワケ?! 
あうー。それにしても、違約金っていくらさー? それに、そんな
契約いつしたっけぇ?」
 フォンシャンは木の上から飛び立った。
「三ヶ月ほど前の契約更新の時にだ。円滑化を進めるために、音声
契約が提案されただろう。それがもう組み込まれているんだよ」
「いやぁ、時代も進んだねぇ。ところで、違約金っていくらよ?」
 再度フォンシャンがたずねると、男は「フッ」と小さな笑い声を
漏らした。
「300万だ」
「ブハッ」
 フォンシャンはそう言うのと同時に、バキボキと音を立てて木に
突っ込んでいった。
 不意の侵入者に驚いた鳥たちが、耳障りな鳴き声を上げた。
「何か、すごい音がしたが?」
 フォンシャンの体は、木の太い枝に絡まるようにして停止して
いた。そして、鳥がギャーギャーと騒ぎながらフォンシャンに攻撃を
仕掛けてくる。
 顔にかかる木の枝と鳥を払いのけながら、フォンシャンは答える。
「……いや、ちょっと俺には久々の額を聞いてしまったんで。それ
で報酬は? 肝心なところを聞いていなかった」
「1000万だ」
「はら、意外高報酬。やっぱお嬢様だから? でも実際手に入るの
は800万前後かな」
「少しは良識と言うものがわかってきたようだな」
 フォンシャンは、男の声に、小さく「俺だって数ぐらい数えられ
るヨ」と言い返していた。
 フォンシャンは木の葉の間から外部へと顔をのぞかせ、足元を見
下ろす。
 足元にたいした障害物がないのを確認すると、木の上から飛び降
りた。
「ボイス、悪いけどそろそろ切るわ。俺の奥方さんが他の男に寝取
られちゃ困る」
 フォンシャンは、そう言いながら、卵に手を伸ばす。
「恋愛について、あまり高望みはするなよ」
 そう言ったかと思うと、話は男の方から切れた。卵から生えてい
た翼が消え、更に光も消えた。
「それじゃまぁ、一仕事しますか」
 卵を懐へとしまい、フォンシャンは大きく伸びをした。
 そして、右手の人差し指と中指を立て、小声を呟きながら、目の
前の空間に自分大の円を描いた。
「ちゃんと跳べるかな……」
 少々不安めいたことを口走りながら、フォンシャンは、拳を握っ
た右手を円へと突き出した。次いで握り締めていた拳を開いた。
 軽い風圧のようなものが生まれて、円の内部に波紋が広がった。
「ほんじゃまぁ、行ってきますっと……って、方向あってるかな」
 やはり不安を口にするフォンシャン。そう言いつつも、その身を
円の中へと進めた。すると、溶け込むようにしてフォンシャンの姿
が消えた。
 その後を、先ほどフォンシャンに追い払われた鳥が円の中に突っ
込んでいって、そのまま消えた……



TOP/ NOVELTOP/ HOME/ NEXT
本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース