1 焔・散る 3

 オレが寒さを忘れるほど歩いた頃、奴の足が止まった。オレの足も必然的に止まる。
 奴は指をさした。
「あれだ。あれが僕を倒し、自分の封印を解くために冷気を発している。僕をおびき寄せるために。僕の手に終える程度のレベルの目覚めであればいいんだけれど」
 奴の指の先を目で追うと――氷、いや水晶のような者に体を包まれた巨大……
「蛇ぃっ!?」
 オレは蛇が嫌いだ。死ぬほどキライだ! 多分、昔蛇に噛まれたとか、蛇だらけの穴に落ちたとか、そんなことがあったんだろうと思う!
 トグロを伸ばしたら、きっと三メートルはあるんじゃないかと思う……
 オレは、一種のショック状態に入る。
「あれ、もしもし?」
 オレの耳元で、奴の声がした。それでなんとかオレはショック状態からなんとなく引き戻される。
「蛇、オレキライ……」
「それは困った。でも気絶されちゃ困る」
「へ、平気だ、それはない」
 オレはそう言いつつ、腰が抜けたようになっていた。
 キライなもんは嫌いなんだよ!
「大丈夫、大丈夫。あれはまだ動かないよ。まだ封印が解けていないからね。君は見ているだけで良い。さてと」
 奴は自分が着けていたマントをオレにかぶせ、このクソ寒い中で上着を脱いだ。
 着痩せしていたらしく、ピッタリとした黒の服を通してみただけだが――いい腹筋の割れ具合だ。
 優しそうで、軟弱そうな顔に隠れていたのがあれか。オレはちょっとだけ抱かれてみたくなった。
 オレは、奴から少し離れた所で、肉体に見入っていた。
 つと、奴がくるりと振りかえった。
「なに」
 オレがそう言うと、奴は何故か頬を桜色に染め、言った。
「あのねー、普段露出が少ない分、見つめられると照れるんだよね」
「ああ、それは気づかなかった。そりゃ見つめられたら気が散るよな」
 オレは奴の体から目線を反らした。そして、水晶の中に居る物体を睨みつける。そうでもしないと倒れちまいそうだ。
 オレの目の端で、奴は手の平を水晶に向けており、手の平から光り文字の渦巻く球ができあがって行く。
 オレの体に、何か凍てつくものが走った。
 寒い――と言った感覚ではない。水晶の中のアレが目を光らせたのだ。
「おいっ!」
 オレが奴に気づかせようと怒鳴った時には、遅かった。
 水晶が瓦礫のような弾け散った。オレのところに、キラキラと光る水晶のカケラが飛び散ってきた。床に散らばったカケラには、血がついている。
 オレが再び顔を上げると、目の前で奴は片膝をついてうめいていた。
「しまった……どうやら完全に封印を解き放っていたらしい。逃げろ、炎我。後は一人でなんとかする」
「あほっ! オマエ一人じゃ無理だって!」
「だが、僕が封印しなおさなければいけない。僕より術力の高い者はいない。命と引き換えにしても――この国のために」
 あくまでも蛇と対峙するつもりか! オレは奴の血に濡れた腕をつかんだ。
「一度退くんだ! オマエしか封印できる者が居なければ、余計に死のうとなんてするんじゃねぇ!! もしも命と引き換えて封印に失敗したらどうするつもりだ! このタコっ」
 奴は、一瞬ポカンとした表情を浮かべた後、言った。
「タコ。だが……」
「ごちゃごちゃ言ってねぇで退くっ!」
 オレはそう怒鳴り返し、奴を引きずって走りだした。半分はこんなところで蛇と一緒にいたくない、って言う気持ちだったんだが。
「だーっ! なんだあんなに早ぇんだよ! デカイもんは動きがトロイって相場だろおおお!」
 オレは冷気を放ちながらヌメヌメと光りながら後を追ってくるドデカイ蛇に、半泣きで怒鳴っていた。
「でも、あれは君が言う蛇だから……でかくて早いんじゃないか?」
 コイツ、意外と言うことは言うんだな。しかも、結構タフ。さっき、飛んでくる水晶の破片を手で避けたせいで、手から血が流れっぱなしだ。奴の手を伝って、オレの手に生暖かい感触がある。
 しっかり握っていても、血が邪魔をして手を滑らせそうな気持ちになる。
 そのなんとも言えない恐怖に、オレは足を早めた。
 コイツの手を離したら、この国は終わるかも知れない。
 そう思うと、恐怖がオレの中を満たしてくる……






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