アキューの冒険 リノンの受難


パタパタパタっと跳ねるように走る音で、頭がさめた。けれど、昨日飲み過ぎたせいか、体が起き上がることができない。
 僕には酔っ払うと裸になって寝てしまうと言う厄介な癖がある。
 ヤバイ。
 このままでは……しかも、昨日は鍵をかけ忘れた気がする。時間稼ぎにならない!
「おはおはおはおっはー!」
 バン、と最後の砦である(今日はもろかったが)ドアが開け放たれ、元気な声と共に、彼女はダイブしてきた。
「ぐへっ」
 情けないうめき声は僕の物だ。
「おはよぉーリノンちゃん!」
 かわいらしい声に、かわいらしい笑顔。だが、今日はそのどちらも悪魔にしか見えない。二日酔いで頭が痛いのだ。しかも裸だし。とりあえず、フトンだけは剥がされないように死守するしかない。
「おはよう、アキュー。今日もかわいいね」
 後半は僕が言いたくて言っているわけではない。彼女に会った時はこう言わないと、すぐすねる。すねたのも可愛いのだが。
「アキュー、今日はどんな用?」
 彼女の気を反らすように、僕は問いたずねた。
「んーとねー、アキュー遺跡見つけちゃったんだ! そこ遊びにいこ!」
「わ、わかったから、耳引っ張んないで……血管切れちゃう」
 僕の耳は、白くて長く、垂れ下がっている。ロップイヤーラビットと言う生き物の耳を思い浮かべてくれれば分かりやすいだろう。アキューはこの耳が好きらしく、いつも指先で引っ張るか、唇ではむはむと甘噛みする。それがちょっぴり僕をスケベな気分にさせる。
 ちなみにアキューの耳は尖がっていて、先っぽがほんのり白い。青紫の髪からのぞくその耳は、キツネのものらしい。腰からは耳と同じ淡い茶色とも、黄色とも言える色のふさふさとした尻尾が生えている。それがまた可愛くも、セクシーで仕方がない。
 ……あはははは、朝からスケベな事ばかり考えていたら、またもやフトンをめくられてはイケナイ事が増えてしまった……どぉしよう。
「リノンちゃん早くー。アキュー待ってらんないよー」
 アキューは僕の上に馬乗りになって顔を近づけている。アキューのお尻に、ちょっぴり当たってるんだけどね、僕のアレ。このまま、してしまおうかなーともよく考えるけど、そんなことしたらアキューに確実に嫌われる――と思う。いつもの僕じゃ、アキューにとってはただのオトモダチだもん。
「うもーっ! どうしてまだベッドの中なのっ!」
「それは、アキューが僕の上に座っているからだよ」
 僕が素早くツッこむと、アキューは頭に手をやって、首を傾げた。
「あ、あれぇ? そかそか、アキューが悪いんだー」
 テヘヘ、と笑いながら僕の上から退く。これでこのまま部屋を出て行ってくれたら、大騒ぎにならずに済むんだろうけど。
 僕はそう思いながら、上半身を起こした。
「んもー!! リノンちゃんトロイ!」
 ほんの少し気を許していた僕は――あっさりとアキューにフトンをかっさらわれた。
「……」
 僕は真っ青になって、体が硬直した。
「うっひゃ〜! リノンちゃんのばかぁ!」
 アキューはそう言って、バタバタと部屋を出てゆく。
「僕が悪いんじゃないもん」
 目に涙が浮かんできてしまった。
 アキューのばかっ。僕がそう言いたいよっ。

 アキューは、それから三十分して戻ってきた。手には紙袋を持っている。たぶん、さっきのことはもう忘れているだろう。嫌な事は三歩歩けば忘れてしまう、ある意味イイ子だから。
「リノンちゃん、りんご買ってきたよ。あと、はちみつパンも」
 ニコニコとしながら、アキューは僕に紙袋を押しつけた。ちなみに僕はもう洋服を着ている。男の子特有の朝の一騒ぎもおさまったことだし、問題なし。
「一緒に食べようか?」
 僕はミルクを注ぎながら言った。アキューは嬉しそうにうなずいた。
 小さいテーブルに、僕とアキューの朝食が並ぶ。砂糖にはちみつを足して作られた、クナイ堂一美味しいはちみつパンに、ベーコンエッグ。それにアキューが剥いたウサギりんご。
 両手でパンをつかんで食べるアキューは、なんとなく可愛い。でも、ウサギりんごを二口で食べきるアキューは嫌いだよ……なんか耳が痛い感じがして。

 朝食を終えた僕は、アキューに手を引っ張られて、近くの森の中へと進む。アキューはどんどんと森の奥へ入ってゆく。そして、立ち入り禁止のロープが張られている場所で立ち止まった。
「あ、アキュー、もしかしてこの先にあるの?」
「うんっ! アキュー勇気あるから、こんなのへっちゃらだもーん」
「そう言う問題じゃないよー。ここから先って、確か危険な魔物ばっかりでしょ? このロープで封じてるぐらいなんだから、入っちゃダメ!」
 僕はそう言って、アキューの腕をつかんで帰ろうとする。でも、アキューは僕の手の甲をつねってムッスゥとした表情をする。
「いやっ! アキューは絶対行くの! リノンちゃんも来るの!」
 そう言って、僕の腕に手を絡ませ、胸を押しつけてくる。
「大丈夫、アキューがついてるから、リノンちゃんは怖くないよ」
「なんだかんだ言って、僕がいないと怖いくせに」
 微かに震えているのを知って、僕は言った。もう、可愛くて食べてしまいたい勢いだよ。
 アキューは見とれている僕を、いつの間にかロープの中に連れ込んでいた。別に、僕は平気なんだ。この禁止ロープの先にいる魔物とも対等に渡りあえるから。ただ、アキューを守りながらと言われたら、少し難しい。
 今からでも遅くないから、ここは強引にでも連れ戻すべきだろう。アキューに怪我はさせたくないし、怖い思いもさせたくない。
「アキュー……」
 僕が言いかけたとき、アキューは僕の腕を離して言った。
「じゃじゃーん、ここです、ここー」
 アキューはそう言って、草をかき分け、岩場に大きく開いた穴をさした。それは、どう見ても遺跡ではなかった。どちらかと言えば、自然にできた洞窟だろう。
 あ、でも待てよ。この辺は火山の地熱も来ている場所だから、温泉ぐらいは出るかも知れないなぁ。
 僕がちょっぴり呑気なことを考えている間に、アキューは一人で洞窟の中に入って行ってしまった。
「アキュー待って! 一人じゃ危ないから!」
 慌てて僕はアキューの後を追って洞窟の中に入った。

   アキューは、一応トレジャー・ハンターらくしランプを持っていた。言い忘れていたけれど、アキューの職業は一応トレジャー・ハンターだ。けれども、アキューが遺跡を見つけたことはない。すでに発見されている遺跡に入って、細かいお宝を手に入れてくるのだが――実際は僕が手に入れていると言っても過言じゃない。アキューは罠とか全然気にしないで探索するもんだから、危なくて危なくて。そんなアキューがお宝に辿りつけるわけもなく。僕がある程度道標になってあげないと、本当に生きて帰ってこないんじゃないかと思う。
 そんな僕の苦労も知らず、今日もやっぱり、アキューは回りに気にも止めずに元気よく歩いてゆく。
 三十分ぐらい歩いた頃だろうか。アキューは少し疲れたらしく、僕の方を振りかえった。
「休憩しようか」
 僕が先に言うと、アキューはものすごく嬉しそうな顔をした。
 妙なところで我が強いアキューは、自分から「休みたい」と言おうとはしない。それなりに、頑張りやさんなのだと思う。それで余計に守ってやらなければな、と思ってしまう。
 十分ほど座りこんだ後、アキューは元気よく立った。本当に分かりやすい子だ。僕の手を引っ張って、再び歩きだす。
 数歩歩いたぐらいだろうか。アキューが前につんのめった。
「うきゃっ!」
 まるで猿のような声を上げて、アキューが転がってゆく。もちろん、手をつかまれている僕も一緒に転がる。
 耳にはズサササ、みたいな地面をこする音が聞こえてる。体にスピード感があるところを見ると、どうやら坂を滑り落ちているんだろう。そんな気がする。
 アキューは、たぶん……罠か、自然にできたかは分からないが、その穴にはまったんだろう。この長さだと、また登るのは大変かもなぁ。
 しみじみと考えていたら、体がポンとどこかに投げ出された。
「うっひゃああああああああああああ」
 何やら長い悲鳴をあげるアキュー。結構な高さがあったら問題なので、僕が魔術を組もうとした、その時。
 フワッとしたものが体を包んだ。同時に白い物が目の前に飛び散った。それに、ポカポカと体が暖かかった。
 身を起こして辺りを見渡すと、白い羽毛で周囲は埋め尽くされていた。
 鳥の巣? にしては異常な羽毛の量。辺りはほんのり明るく、舞い散る羽が幻想的だった。
 ふと横を見ると、アキューは気絶していた。
 気絶した顔も、ちょっとマヌケだが可愛い。
 って、気絶? 何をしても覚えてないよねぇ……
 一世一代のチャンスですよ! 奥さん!
 そんな妙な言葉と共に、僕の頭に妄想が浮かぶ。
 イケナイと分かっていながらも、僕の頭にはもう一つの事しか浮かんでいなかった。
「アキュー、起きて……」
 アキューの尖った耳に、そう呟く。パタパタと微かに動かす耳の先端を、僕は軽く噛んだ。鈍いアキューは目を覚まさない。
 僕は、アキューの首筋に唇を這わせた。そして、軽く舌先で舐める。  こちらは反応があった。
「んー、リノンちゃあん……」
 返事はするものの、まだ目は開けない。
 僕は、我ながら思いきった行動に出た。
「起きて、アキュー」
 そう言いながら、アキューの胸に手をやる。フカフカした胸に、はっきり言って脳味噌がふっ飛んだ感じがした。
「アキューおはよ」
 僕はそう言いながら、目を覚ましたアキューの唇にキスをする。
「んにゃっ、おはよ、リノンちゃん。ここ、どこ?」
 僕はそうたずねられ、天井の方にポッカリと開いている穴を指差した。
「あそこから落ちてきたんだよ、僕たち。大丈夫、痛いところない?」
 アキューは天井の穴を見つめた後、僕の顔をみてうなずいた。
「この羽がクッションになってくれたんだねー。リノンちゃんこそ、痛いところない?」
 僕は笑顔を浮かべてうなずいた。
「ところでアキュー、僕のこと好き?」
 唐突に切りだした話に、アキューはキョトンとした表情になった。そして、素直に答えてくれた。
「ダイスキだよぉ」
「へぇ、どのくらい?」
 思わず意地悪な質問をしてしまった。ところが、アキューは飛びきりの笑顔でこう答えた。
「世界イチっ!」
 も、だめだ。
 僕の意思は固まってしまった。
「嫌われてもいいや」
「なんか言った? リノンちゃん?」
 僕は、普通にアキューを押し倒していた。腕を押さえつけ、何も言わずにキスをする。
 そのキスの仕方が、いつもと違うことに気づいたんだろう。アキューは少し抵抗した。
「リノン、ちゃん?」
 僕はアキューの問いかけを無視して、彼女の首筋を舐める。そして、服の上からそっと胸に触れ、軽く指を食いこませる。
「リノンちゃん、変だよぉー。どうしたの……」
 僕の眼下には、ちょっぴり不安そうなアキューの顔があった。
「変じゃないよ。アキューがいけないんだから。こんな所に僕を誘いこんで」
「えーと……うーんと、よく分からないけど、リノンちゃんが喜ぶんだったらいいや」
 いいんだ。そーか、いいんだー。
 僕の頭上で天使がラッパ吹いた。
 アキューの体に、ゆっくりと重みをかけてゆく。それからアキューの着ているチューブトップの服の裾から手をしのびこませる。
 柔らかく、サラリとしたアキューの胸の感触に、思わず息を飲んでしまう。ふにふにとした感触をしばらく楽しむ。
「リノンちゃ……なんか、気持ちイイ」
「それは良かった」
 アキューがあんまり正直なもんで、思わずほのぼのとしてしまう。
 んー、アキューのジーパンのボタン外し難い……スカートとかだと楽なんだけど。
 僕が手間取ったせいか、それとも体に重みをかけすぎたせいか……
「リノンちゃん待って、ヤダ」
 アキューはそう言って僕を押しのけようとする。でも、今日は引かないもん。
「だめ。待ってあげない」
 嫌われてもいいんだもーん。
 僕は頭の中で頑固になっていた。
 と言うより、ほとんど男のプライドだ。ここで引いたら、次いつにチャンスが来るかわからない。
「やだやだっ!」
 アキューはそう言って、突っぱねる。
 ちょっとそれを見ていたら、悲しくなった。
「僕のこと、嫌いになった?」
「違うの! 痛いの」
 まだ入れてもないのにー?
   くだらないツッコミを自分に入れる。
「どこが、痛いの?」
 涙目になっているアキューを、僕は引っ張り起こした。
「背中に、何か当たってるの。それが痛いの」
 アキューはそう言って、背中を見せる。
 確かに、背中に何かがあたっていた跡がある。赤く円形状に腫れている。
「えーと、この辺だっけかなぁ」
 アキューはそう言って、自分が寝転んでいた辺りの羽を掻き分ける。
 アキューが寝ていた辺りから、白くて丸い先端が姿を現した。
「これが原因かな?」
 僕は少し憎々しげに言った。だって、せっかくの雰囲気をぶち壊しにした犯人だ。
「これなんだろ?」
 アキューは言いながら更に羽をどかした。辺りに羽が舞い散り、徐々に頭角を現してきたそれは――
 それは、大きな卵だった。
「うわぁーおっきい! リノンちゃん、これってなんの卵っ?」
 尖った部分からお尻の部分まで、80センチから1メートル近くある大きな卵。確かにこんな物が背中に当たっていたら、痛いかもしれない。
「分からないよ。だけど、そっとしておいた方がいい。それとここから出よう。母親が帰ってきたら大変だ」
「リノンちゃん、これ持って帰ろうよ。きっと食べたら美味しいよ」
 人の話しを聞いてないな……もう食べることに決めたようだ。
「だめだよ。母親が来たら大変なんだ。子供の事となると母親は怖いからね。帰ろう、そっとしておいてあげなきゃ」
 ってか、完全に食べる目つきをしている。そして卵を抱きかかえ、上目使いに僕を見る。
 ――そんな目をしてもだめなもんはダメ。
「言っとくけど、大きな目玉焼きは無理だからね」
「えー。じゃあ焼き鳥でいいよ」
 焼き鳥って。出てくるのが鳥とも分からないんだけどなー。
「ダメったらダメ!」
 僕がそう怒鳴った途端。獣らしい唸り声がどこからか聞こえてきた。
 どうやら、ここの主は近くに居たようだ。でも、なんですぐに襲ってこなかった?
 僕はゆっくりと前傾姿勢になった。そうしながら耳に全神経を集中させる。
 微かに、グルルルル……と威嚇する声が聞こえてくる。でも、どこか弱々しい。
「まさか」
 僕は声がする方に、警戒しながら近づいた。
 声の主は、羽が途切れる辺りに倒れていた。
「リノンちゃん、あの子……」
 アキューがいつの間にか僕の服をつかみ、今にも泣き出しそうな表情をしていた。
 倒れていたのは、白い翼の生えた狼の魔獣。とは言っても、翼には羽がほとんどなかった。血にまみれ、肉や骨を見せたその翼は、自ら羽をむしり取ったのかも知れない――自分が産んだ最後の命を守るために。
 アキューはなんのためらいもなく、狼へと駆け寄る。
「しっかりして! 死なないで!!」
 アキューはそう言って、狼の背を撫でる。けれど、その狼が何をしても助からないことは分かっていた。腹は裂けて血まみれであり、おびただしい血が、すでに大地に吸いこまれている。
「アキュー、そっとしておいてあげて」
「でも!」
 アキューは涙をボロボロと落しながら僕を睨む。
「アキューだって分かってるはずだよ。この子はもう死ぬ。今は楽にさせてあげるべきだよ」
「やだぁ! アキューのママみたいに、居なくなっちゃうの? この子、あの卵のママなんでしょ? どうして、どうして置いていっちゃうの?」
 僕は、何も言えなくなった。何も言えずに目を伏せ、拳を握りしめる。
 アキューは、過去の自分を呼び起こしている……魔獣に襲われたアキューのお母さん。僕もその場に居たから知っている。魔獣に襲われ、なんとか村に帰って来た――たぶん、最後にアキューに会うために。
「アキュー……僕だけじゃダメなの?」
「違う! 違うの……アキューにもっと力があれば、助けてあげられるかも知れないのに」
 アキューはそう言って、涙を拭う。
 ふと、母狼はクゥーンと鳴いてアキューの顔を舐めた。その目は穏やかで、それでいて死を恐れていなかった。だが、不安はその瞳から伺い知れた。母狼は、じっとアキューを見つめた後、卵が置いてある方を見つめた。
 僕は黙って卵を持ってきて、母狼の元に座りこんだ。
 母狼は、何度か卵を舐めた。まるで、最後の別れを惜しむように。
 それから、アキューを見つめた。
 貴方に――私の命を預けます……
 そんな声が聞こえたような気がした。
 母狼は最後にアキューの手を舐め、それから卵に頬を寄せると――息を引き取った。
 
「アキュー、帰ろう」
「でも……卵がぁ」
 僕はアキューの頭を撫でた。
「連れて帰っていいから。でも、ちゃんと育てなきゃダメだよ」
 僕がそう言うと、アキューの顔が明るくなった。ギュッと卵を抱きしめ、頬を擦り寄せる。
「アキューがママだよー。早く出ておいで……」
 アキューはそう言いながら目をつぶった。そして、卵を抱えたまま羽に埋もれて眠り始める。
 僕はため息をつき、アキューの髪を撫でた。その後、出口を探そうと辺りを見まわす。
 出口は落ちてきた天井の穴のほかに、壁に二つ穴がある。どちらも外に通じていないこともないと思うけど……
 僕は念のため、片方の穴に入ってみた。少しジメジメしていて、嫌な感じの穴。しばらく歩くと、僕は目を丸くした。
 目の前には、地下水が溜まってできたであろう湖が広がっていた。ほんのり湯気が上がっているところを見ると、温泉が沸き出ているのかもしれない。
「なかなか良い感じのお湯かも? そうするともう片方の穴が出口かな。道を覚えておけば、お風呂入れるかもなぁ」
 僕は安易にぼやいた。安全性とか考えなくてはいけないから、帰り道しだいだけど。
 僕が羽の部屋に戻ると、アキューはすっかり寝入っていた。
 あー、もう一度襲いたいー。でも、今日はあんなことがあったから、無理かな。
 アキューが、じゃなくて、僕が。男の子って意外と繊細だから。

 しばらくボケーッとアキューを見つめた。ふと、僕の鼻にある匂いが流れこんできた。
 夜の匂い。
 正確に言えば夜露が大地や草を濡らす匂い。
 僕は軽くアキューの体を揺すった。少しうめいて、アキューは上半身を起こす。
「アキュー、そろそろ帰ろう。卵なら大丈夫だよ。持って帰るより、ここに置いてまた明日様子を見に来よう。お腹も空いたでしょ?」
 アキューはコックリとうなずくが、やはり卵の存在が気になるようだ。
「お腹空いたけど、なんで連れて帰っちゃダメなの?」
「それはね、ここの方が暖かくて、卵から出てくるのに調度いい温度だから――」
 僕が言いきる前に、卵がコトコトと動いた。さらに、卵のてっぺん辺りからカリカリ音がする。
「もしかして……」
 アキューは卵の殻を割ろうとした。それを僕はすかさず止めた。
「だめだよ。殻を破って出てきて、ようやく生きることを許されるんだ。だから、手を貸してはだめだよ」
 僕はアキューは背後から抱きしめた。アキューは少し不満そうにしていたが、キュッと拳を握りしめて卵を見つめる。
 僕だって、もどかしい。
 中から一生懸命つついて、なんとか生を受けようとしているのだ。それを邪魔しちゃ、生きる辛さを余計に背負わせてしまうのだから。

 どれくらいの時が過ぎただろう。
 ついに、殻のカケラがポロリと落ちた。ポロポロっと殻が落ちて、そこから小さな爪がのぞく。まだ柔らかそうな爪で、殻の縁を広げようとする。
「みきゅーっ……」
 子猫のような鳴き声をあげて、濡れた魔獣が姿を現した。
「かぁわぁいい……」
 アキューはそう言いながら卵の中から魔獣を取り出し、濡れた体をハンカチで拭く。
 段々毛が乾いて、ほわほわになる。まるで真っ白な綿のよう。
「リノンちゃん……」
 アキューは魔獣を抱いて僕を見る。
 僕はしばらく考えこむフリをした。ダメとも言えないし、なにより言う気もない。
 でもね、やっぱり考えちゃうんだ。また悲しい思いをさせてしまうんじゃないかと……
「ちゃんと育てられる?」
 アキューは何度もうなずいた。
「大きくなるよ? しかも、魔獣だよ? ずっとは一緒に暮らせないよ?」
 僕が少し意地悪にそう言うと、アキューは見を乗りだして言う。
「ちゃんと面倒見るっ! 大きくなったらちゃんと森に返すから!」
 そんな涙目で見られてもさ……僕母親じゃないから、そんな目をされてもトキメクだけでさ。
 僕は、アキューの頭に手を置いた。柔らかい髪が僕の手にからむ。
「いいよ。一緒に連れて帰ろう」
 ゆっくりと、アキューの顔に笑顔がよみがえってきた。
「リノンちゃんだぁーいすき!」
 アキューの柔らかい体が、僕の体を軽く締める。
 あーやっぱり、気持ちイ――今夜も寝るのが大変だ。

 まだ足を踏みいれていない穴から、草を掻き分け、僕と魔獣を抱えたアキューは外へ出た。振りかえってみると、森の大木の気の根にポッカリと大きな穴が開いていた。普段は低木に覆われて見えなかっただけのようだ。
 距離的には、入った洞窟の入り口よりも町に近いぐらい。これなら普段お湯にこっそり入りにこれる距離かもしれない。
 僕はそう思いながら空を見上げた。
 空には大きな三日月が出ていた。なんだか、ほんの少しだけ遠吠えをしたくなった……
 アキューは僕の隣りで、魔獣を抱えて眠そうに目をこすっていた。
「アキュー、眠い?」
「ちょ、ちょっとだけだもん」
 僕は、目が半分しか開いていないアキューの手を引っ張って、家路を急いだ。流石に、一人と一匹を担ぐのはめんどい。

 月が天高く輝く頃、僕はようやく部屋に辿りついた。
 魔獣を抱いて眠るアキューを抱え、足で部屋のドアを開ける。ソファーにアキューを設置し、部屋の中を見まわす。
 僕の目には、深い籐のカゴが目に入っていた。洗濯物バスケットとして新しく買っておいたもので、まだ値札がぶら下がっている。中には先日着たシャツが二枚だけ入っていた。
 僕はバスケットにタオルを何枚か広げて入れると、アキューの手から魔獣をそっと離した。魔獣が手からいなくなったアキューは、そのままソファーに転がり、くーくーと寝息を立てていた。
「まったく。自分で面倒見るって言ったのになぁ」
 僕はそう言って、魔獣の頭を撫でた。魔獣は以外とおとなしく、黙って僕に撫でられていた。そっとバスケットのタオルの中に埋めてやると、少しの間場所を作るのに手足を動かしていたが、落ちついたらそのまま眠りについた。
「次はアキューだね……今から部屋まで送ってゆくのもめんどくさいしなぁ」
 僕はぼやきながらソファーに向かった。
 アキューは以外とワガママな所があるから、このままソファーで寝かしていたら、怒るだろうし……
 僕の頭に、再びしょうもない考えが浮かんできた。
 けれど、慌てて首を左右に振る。
「寝ている間になんて、そんな酷すぎるよねぇ、いくらなんでも」
 僕は物悲しいため息をつくと、アキューの腕を僕の首にまきつかせた。
「んふっ……リノンちゃん、お耳気持ちイイ……」
 アキューはそう言って、僕の垂れ耳を唇で甘噛みする。そんなことされたら、一気に体から力が抜けてしまうぅ!
 僕はアキューをベッドに放り出す形で押し倒していた。その衝撃で、アキューがうっすらと目を開けた。
「リノンちゃん、今何時?」
 僕は慌ててアキューから飛び退き、答えた。
「え、ええっと、あぅ、もう日が変わっちゃったよぉ」
 それを聞くと、アキューは眠そうな目をこすりながら置きあがって僕を手招きした。
 僕が近くに寄ってゆくと、アキューは僕に抱きつき、耳元で囁いてくれた。
「はっぴばーすでぃ、リノンちゃん。リノンちゃんが一番欲しいもの、あげるよぉ。何がイイ?」
 ちょっとあくび混じりに言われても……って、ホントだ、僕の誕生日だ。すっかり忘れてたや。昨日の朝まで覚えていたんだけれど、夜飲みすぎて、そのまま忘れてた。
「って、僕の欲しいもの?」
「うん、アキューがなんでもしてあげるよぉ」
 アキューは、あくびをしながら言った。半分かわいいけど、半分むむっと来る。でも、一番欲しいものって言ったよねえ?
 僕はアキューの唇に触れた。そして、抱き寄せて呟いた。
「アキューが欲しい。アキューの全部」
 アキューはにこーっと笑うと、目を閉じた。軽く突き出したアキューの唇に吸い寄せられるにして、僕はキスをして……

 翌朝。
 とっっても素敵な追加のバースディプレゼントがあった。
 昨日拾ってきた魔獣が、辺りに僕の服やら物やらを引っ張り出して暴れまくっていた。
 僕は部屋を見て大きくため息をつき、そしてベッドで枕を抱えて眠っているアキューを恨めしそうに見た。



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