3.一千年の悪夢_2


 カヲルは、一通りファックスを読み終わって暇になってしまった。
しばし広い部屋の中を徘徊していたカヲルだったが、バドの様子を
見にベッドルームの一つへと向かった。
 中には、ジャケットのかけられた椅子に、小さなテーブルがあり、
日の落ちた窓際に大きなダブルベッドが配置されていた。ベッド脇
の電話が置いてある台には、バドのものと思われるネクタイが無造
作に置いてあった。
 椅子の一客を持ってきて、ベッド脇に置き、その椅子にカヲルは
音もなく座った。しばし青白いバドの寝顔を見つめていたが、思い
立ったかのように言葉をかけた。
「起きてるか?」
 やや間があって返答があった。
「はい……」
「すまないな。こんなところだと知っていたら連れてはこなかった」
 バドは、目を細めて柔らかな笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ、カヲルさんが心配してくれるなんて、嬉しい限り
です」
 バドはそう言って体を起こした。いつも金の長髪を結んでいるリ
ボンが解けて、普段見ているのとは少し違った雰囲気が漂う。
 しばし見詰め合い、互いに無言になる。その雰囲気を打ち破る、
と言うか救ったのか、訪問者を知らせるチャイムの音が部屋の中に
響いた。
 カヲルは「さっさときやがれっていうんだ」と怒りをあらわに扉
へと向かった。
「貴様は確か……」
 カヲルは扉の前にいた人物を見て、何かを思い出すように目を細
めた。茶色い短い髪をきっちりとオールバックにし、固く凛々しい
表情を見せている青年がそこにいた。
その、カヲルの目の前に立つ青年は、いきなりカヲルの腰を抱いて
自分の体へと引き寄せた。
「あれ〜忘れちゃったんですかぁ〜?」
 顔に似合わず、砕けたトロい話し方をする。その青年は、ずいず
いと部屋の中までカヲルを押しやり、そのままソファーに腰かける。
カヲルごと。
 つまりはカヲルは、入ってきた男に押し倒されるような格好になっ
ているわけである。
「入ってきた早々何の用だ?」
 押し倒されているというのにも関わらず、カヲルはさして動じて
いない。
「お忘れなんですね……僕ですよ、アルです」
「……能無しアル! 貴様なんでここに!!」
 青年は、表情を崩した。
「相変わらず口が悪いんですね、カヲルさん。彼氏とかできました?
 いやぁ、僕なら今すぐにでも!」
「だから貴様は何がしたいんだああ!!」
 アルの手が、微妙にカヲルの腰の辺りで動いている。
「いやぁ、そのうちわかりますよぉ。とりあえず暴れないほうが賢
明かとも思いますよぉ。力と下半身には自信がありますから」
「力を自慢するのはわかるが! なんなんだその下半身って言うの
は!」
「だから〜、そのうちわかりますって」
 何気にネクタイを緩めるアルに、多少は危機感を感じたカヲルは、
アルの鼻面を手加減なしで殴った。いかに近距離とはいえ、鼻は痛
かった。「痛い……」と小さなうめき声をあげて、アルはカヲルか
ら退いた。
「まったく、冗談もわかってもらえないんですから。今は、こうい
う者やってます」
 アルは鼻をしばしさすった後、懐から名刺ケースを取り出し、一
枚カヲルに渡した。
「警察……署長?」
「はい、おかげさまで。殺人者逮捕歴が多かったもので」
 どうやらバドの置き土産の力がアルの経歴を華やかなものにした
ようだ。
「契約、破棄するか」
 カヲルは不満そうに言うと、おきっ放しであったカバンを拾いあ
げる。
「ひどーい。そんな事言わないでくださいよぉ。報酬弾みますよ〜。
これだけ大きなシティの殺人事件ですよ〜、今後のためにもなりま
すよ〜。僕だってむだーにこの大都市の署長なんてやってませんか
らねぇ〜」
 ゆったりとしたアルの口調の裏に、多少の脅しが含まれていた。
今の所カヲルの収入源となる仕事は、ヴァンパイアハンターと、探
し物や者程度である。不倫調査と言う手もあるのだが、カヲルの潔
癖さがその仕事を断っていた。人にはそれぞれ苦手分野と言うもの
があるが、カヲルは極めて他人の情事がだめらしい。自分の色恋沙
汰さえ苦手な様からして……
 カヲルは恨みがこもった瞳でアルをにらむと、カバンを床に置い
た。カヲルはソファーに腰かけると、いまいましげに言った。
「で、詳細を話せ」
「ベッドの中じゃだめですかぁ? せっかく高いロイヤルスイート
とったんですから」
 アルはちゃっかりカヲルのすぐ隣に座り、その肩に手を回してい
る。
「やめんか、ばか者」
「そう言う態度だと、署長として悲しいなぁ」
「セクハラで訴えるぞ」
 カヲルは、アルのスネに蹴りを入れた。
「あら〜それは困ったなぁ。どうせ訴えられるなら、既成事実を作
ってから……」
 ゴン
 背後から伸びてきた手により、アルの頭上に、重い灰皿が置かれ
た。
「自分のつけた匂いに気づいて来てみれば……アルさんお久しぶり
です」
 アルは涙目で振り返ると、頭に乗ったままの灰皿をテーブルの上
に置いて立ち上がった。
「これはこれは、わが主、ワイザー伯爵殿」
 アルは礼儀正しく頭を下げながらそう言った。
「いいですよ、そんな昔の習慣を持ち出さなくても。もとより、こ
の町で言われるとかえって変な気分になります」
 アルは、「それもそうですねぇ」などと呟きながらカヲルをじっ
とみつめた。バドは何気に間に入って言った。
「詳しいことを聞かせてもらえませんか? 何かお手伝いできるこ
とがあるかも知れませんから」
 アルは一瞬複雑そうな顔をしてつぶやいた。
「ああ、邪魔者……」
「なんか言ったか、アル。しかし、貴様……少しはいい男になった
んじゃないか? そのスーツにネクタイ、高いだろう」
「ですよ。一応署長として、まともな格好しろと言われてますから。
そのおかげで、毎晩お誘いがあってうれしい限りですよ〜、って、
冗談です」
 カヲルが不愉快そうに目を閉じ、拳を握っているのを見て、アル
は慌てて言葉を撤回した。
 アルは咳払いをして場の雰囲気を変えると、口を開いた。
「ファックスで流した資料は二日前のものです。昨日も喧嘩や殺害・
殺傷事件が十数件起きていますので、どれが同一人物が起こしてい
る事件か調査するのに時間がかかりましてね。それよりも、その殺
害事件の被害者が、肉片になっているのが問題でして。元々猫や犬
を殺して楽しむ輩が少なくとも数十人いますし、それに今回の事件
が大幅に新聞に載ってしまって、その事件を真似るヤツまでいまし
てね……結果を急がせるのに大変でしたよ。最低限、その肉片が人
間である、というところまでしかわかっていませんけどね」
 アルはそう言って懐から革張りのシガレットケースを取り出すと、
細かい細工のされた銀のジッポでタバコに火をつけた。
「最新の情報では、昨日の被害者は四人。うち一人は血溜りの中に、
人間と判断がつくギリギリのラインで原型を残していたので、ただ
の怨恨か何かによる殺人、もう一人はただのバラバラ殺人事件で、
周辺のダストボックスの中に投げ込まれていました。残りの二人は
同一犯と見られ、これがヴァンパイアの仕業だと思われます。この
ジェグシティでは、ほとんどが硬いアスファルトなもので、水のし
みこみが遅いんです。また、近辺の排水路に血が流れ込んだ後もあ
りませんでした。その二人の死体というか、肉片に関しては、血が
微量しか地面に残されていませんでした」
 バドは、怪訝そうな顔をした。
「普通のヴァンパイアなら、路上で殺害することはありませんよ。
屋外で襲ったとしても、その後の始末などもありますから、結局屋
内に連れ込む形になります。もとより、いくら飢えているとはいえ、
人間の体内の全ての血を吸い尽くすには、数時間かかりますし……」
「牛乳ビンにでも詰めて持って帰ったか」
 カヲルが、冗談とも思えぬことを言って、小さく笑った。バドは、
ヒクついた笑顔を見せながら言った。
「か、カヲルさーん、いくらなんでもそれは……ちょっと笑えませ
んって」
「冗談なんだから、笑え」
 カヲルはすぐに真顔に戻り、アルへと向き直った。アルは、フィル
ターのすぐそばまできているタバコを灰皿でもみ消すと、顔をあげて
カヲルと向きあった。
「ちなみに、目撃情報は何一つありません。大体が夜の三時から四時
頃、お水の方々もそろそろ家に帰るころにですね。それに見ていても
酔っ払いや犯罪者じゃ、気にもとめないのでしょう。僕だって、その
時間帯は他の人間が何をしているか気にしていませんからね」
 アルは、また余計なことを言って、カヲルににらまれた。



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