2.What is a VAMPIRE?



一つの人影が、『事務所』という札が斜めに下がった扉の前に立っ
た。そして、ノックもなしに扉のノブに手をかけ、回した。カチャ
リと音がして、扉はなんのためらいもなく開いた。
 この無用心極まりない事務所へと、人影は入り込んだ。

 黒いスラックスに白いワイシャツと言う姿の金色の髪をした長髪
の男がいた。少し丸めの童顔が、がっちりとした体と不釣合いだっ
た。その男の名はバド・ワイザー。約二百と少し前、伯爵の家柄が
途絶える前は、バドリシェル・ワイザーとして、君臨(?)してい
た男である。
今はなぜかエプロンをして、泥棒が入って荒らした後のような事務
所の床を無理矢理掃除機をかけている。先ほど医大から帰ってきた
ばかりだ。あまりの事務所の荒れように、着替えるよりも前に掃除
機を取り出したのだった。
 そのバドに、先ほどの影が音もなく近づいてきた。掃除機の音に
気配が消されているのか、気づく様子さえないバド。
 不意に首根っこをつかまれ、勢いで壁に打ち付けられた。次いで
腕をつかまれ……ドン、と嫌な音が聞こえて手のひらに痛烈な痛み
を感じた。両手が動かず、ドロリとした感触がワイシャツの袖から
伝わってくる。打ち付けられたときのショックからか、目の前が暗
い。
 痛みに顔をしかめるバドの耳元で、つぶやくような声が聞こえた。
低いわりに柔らかな声質に、男女の区別はつかなかった。
「おまえ、吸血鬼だな。ここで何をしている」
「だれ、です……」
「名乗るほどの者じゃないさ」
 声の主はそう言いながらバドのワイシャツの襟元に手をかけて……
そのまま引きちぎった。
 バドの白い胸板があらわになり、その上に指を走らせる。左の胸
で、指が止まった。指の先には、十字の火傷のような跡があった。
「洗礼はされているのか……」
 バドは、ようやく目の前が明るくなってきて、状態を飲み込もう
と辺りを見回した。
 そして、目の前の人物を見ておどろいた。
「カヲルっ?!」
 茶髪に青い目の、カヲルと色彩等全て類似した人物がバドの前に
いた。ただあえて違うところを挙げるとすると、少し丸みを帯びた
柔らかな雰囲気があるというところだ。いつものカヲルならば冷た
く尖った雰囲気を身にまとっている。
 その人物は、バドの意思は放置したまま、ブツブツとつぶやき始
めた。
「洗礼は施せるようになった、と。しかし、よくもまぁ異性のヴァ
ンパイアを手元に置いておく気になるな。あの完璧主義者のカヲル
が」
 つぶやきながら、バドの胸を撫で上げる。
 それが異常にくすぐったくて、バドは真っ赤になって言った。
「や、やめてくださいよ……もう。顔は同じなのに」
「ふーむ、俺とカヲルの区別がつく、とな。めずらしい。いや、俺
の化けかたがまだまだ甘いのか……」
 腕組みをしてなにやら思考を巡らせ始める、カヲルのそっくりさ
ん。
「あの! だから! 人の胸を撫でながら考え込むのやめてくださ
い!」
 バドが言い終わるのと同時に、扉が派手に開いてカヲル本人と思
わしき人物が入り込んできた。そして無言で“BOOKs”と書か
れた紙袋で悩んでいる人物の後頭部を力の限り殴った。
 非常に鈍く重い音がして、人物は頭を抱えてしゃがみこんだ。
 その隙にカヲルはバドの手から細い“杭”を引き抜いた。バドを
近くのソファーに座らせると、いまだに頭を抱えてうなっている人
物に怒鳴った。
「アキラ! どういう事だ!!」
 カヲルの気迫に対して、ヘラリと笑顔を見せて、アキラと呼ばれ
た人物は答えた。
「決まってんじゃん。消滅させようとしただけ。野郎のヴァンパイ
アなんざー乙女の敵。俺の敵。と思ったが……って、最後まで人の
話を聞けっ!」
 近くにあった花瓶(ガラス)を高々と掲げるカヲルを見て、慌て
て逃げ出すアキラ。アキラがほんの数秒前までいた箇所は、ガラス
の破片と水、花が散らばっていた。
 ところが、カヲルの怒りはそれでは収まらなかったのか、客用に
テーブルの上に出されていたガラス製の灰皿を投げつけた。ボコリ
と音を立てて、灰皿は壁を突き破っていた。
「カヲル! 俺が悪かった! コイツを襲ったのは謝る!」
 投げつけようとする椅子を押さえ、アキラは両手を合わせて何度
も頭を下げた。それでようやく気が落ち着いたのか、カヲルはソフ
ァーの、バドのすぐ隣に座って言葉を吐いた。
「で、何のために帰ってきた」
 対してアキラは髪をかきあげ、フッと笑いをこぼして答えた。
「さっき言ったとおり。最後まで聞けよ。オマエが野郎のヴァンパ
イアを捕らえたって聞いてな、下手すると最悪の事態になってるん
じゃないかと、兄として心配になって見に来てやったんだぞ」
「5年も音さたなしで何言ってやがる!」
 今にも噛み付きそうな勢いでカヲルはアキラをにらんだ。
「仕方ないだろう。それなりに忙しかったし、それにオマエ自身が
知らずに残していった後始末もしなきゃならなかったしな」
「後始末……?」
「どうでもいいが、ヤツに血を与えなくていいのか? やたらと弱
っている様子なんだが」
 ソファーにぐったりと寄りかかっているバドを指して、アキラは
言った。
「……おい。これぐらいで死にかけるんじゃない」
 少し脅迫めいた様子でバドのワイシャツの胸倉をつかんだ。それ
で起き上がれたは良かったのだが、無駄に血が体を駆け巡って、バ
ドの貧血を悪化させた。
「あ」
 三人同時に同じ語を発した。バドはどさりとカヲルの上に倒れこ
み、アキラはそれを見てニヤついていた。
「血でも分けてやったらどうだ?」
 アキラが口にしたことを、カヲルは真にとった。
「飲め。一口ぐらいだったら献血してやる」
 カヲルの言葉に、バドは薄れ行く意識で答えた。
「いただきます……」
 そばにいたアキラはクスクスと笑っていた。
「飯食うんじゃねぇんだからよ。っても、カヲルはある意味飯だか
らなぁ……」
 その言葉に、カヲルはテーブルに手を伸ばし、灰皿(今は壁にめ
り込んでいる)とライターがセットで乗っていたガラス製のトレー
をアキラに投げつけた。体制的に力が入らないらしく、床に叩きつ
けられるよりも前にアキラが救い取った。
アキラは灰皿のめり込んでいる壁へと向かい、灰皿を取り出すと
タバコに火をつけた。そして、再びバドとカヲルがいる向かいのソ
ファーに座った。
 そうしてしばらくしてから……
バドはやおら起き上がり、バタバタとキッチンへと逃げていった。
「おやぁ。意外とウブだねぇ」
 アキラの言葉に、カヲルは首をぐるりと回してから答えた。
「で、なんの用だ」
「ン、ああ、休暇。いろいろ所用もあったし」
 アキラはそう言いながらタバコの煙を吐き出した。
「休暇って……地球の反対側がアキラの持ち場だろうが。そちらで
休暇をとればいいだろう」
「いつ決まったんだよ、そんなこと。そう言えば、ちったぁ胸デカ
くなったか?」  アキラはそう言いつつ、カヲルの胸元に手を伸ばした。
「変態」
 カヲルは問答無用でアキラの伸ばした手を叩き落した。
 と、バドがコーヒー二つをトレーに乗せて戻ってきた。先ほど破
かれたワイシャツは着替え、ネクタイを締め直していた。客人の前
で乱れた格好を見せるのは、元貴族としてあってはならないことな
のかも知れない。
 バドは、アキラの前にコーヒーを置いて尋ねた。
「アキラさん、砂糖とミルクはどうします? それと調度三時のテ
ィータイムなので」
 アキラの目の前に、更に紅茶の風味のクッキーを置いた。
「お、悪いねぇ。というか、キミはウェイターかね……他のヴァン
パイア連中が見たら泣くぞ」
 アキラは苦笑いを浮かべながら、煙を吐いた。
「いいんです、これで。ところでベッドが二つしかないので、僕の
をお貸ししますね。埃が立つので、あとで部屋から持ってきますか
ら」
「ベッドをそのままか?」
「ええ。そんなに重くないですし。シーツもとりかえますから安心
してください」
「別に添い寝でもいいけどな」
 バドが一瞬怪訝そうな表情を浮かべた。
「誰とです?」
「キミ。いいねぇ、目くるめく夜だよ、ホント。いや、それは冗談
としてね、別にいいよ、寝ないから。寝るとしてもソファーで寝る
から。……カヲルがにらんでるからね」
 バドは小さく笑うと、「用があったら呼んでください」と一言残し
てキッチンへと消えた。
 いや、消える一歩手前で、派手な音を立てて床に倒れた。アキラ
の表情が、厳しいものに変わった。
「カヲル……オマエはコイツを何年寝かせていない?」
 アキラのその問いに、カヲルは目をそらして思い出すそぶりを見
せた。
「5年。医者になるって言うから、自己管理はできるだろうし……」
「馬鹿者……」
 アキラは深々とため息をつくと、ソファーから立ち上がり、真っ
青な顔をして床に倒れているバドを助け起こした。
「オマエのベッドを借りるぞ。オマエのベッドの方が幾分柔らかそ
うだからな」
 アキラの言葉に、カヲルは我に返った。
「あ、ああ」
「まったく、ヴァンパイアを飼うのは大変なんだぞ。ちゃんとした
環境をそろえて、なおかつ体調の管理もしてやんなきゃならん。そ
もそも時間の差はあれど、人間と類似しているのだから、睡眠など
もきちんと取らせないとだめなんだぞ」
 アキラはそう言いつつ、カヲルのキングサイズのベッドにバドを
投げ置いた。ネクタイを緩めたかと思うと素早く抜き取り、ワイシ
ャツの前をゆっくりと開けた。
「コイツの年は?」
「400とちょっと」
「それで、オマエはコイツをどこまで知っている?」
「バド・ワイザー。ワイザー家の長男で、本名はバドリシェル・ワ
イザー。二百年前に滅んではいるが」
「そう言う事じゃない。コイツの体のことだ」
 アキラはそう言いながらバドのスラックスのベルトに手をかけて
はずした。
「……アキラが何を言いたいかわからない」
「じゃあ、表出てろ」
 アキラの言葉に、カヲルは非常に不機嫌そうな表情を見せた。
「出てけ。オマエにコイツを預けては置けない」
 カヲルは、頭にカッと血が昇るのを感じたが、何も言わずに部屋
から出て行った。
 その数秒後、玄関の扉と思われる場所から、荒々しく扉が閉まる
音が聞こえた。
 アキラはその音に眉を寄せるとつぶやいた。
「少々ワガママに、ひねくれてしまったな。一概に俺のせいだとも
言えるが。すまないな、バドくん」
 バドはゆっくりと目を開けて言った。
「いいえ、悪いのは僕です。カヲルが言ったとおり、自己管理がで
きていなかった。これでも大人ですから」
 起き上がろうとするバドを制して、アキラが言った。
「いいから寝ていろ。少し眠るといい。事務所の番なら俺がしてお
くから」
 アキラの優しさを含んだ言葉に、バドは「すみません」と言いな
がらゆっくりと目を閉じた。


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