1.いびつ。2
現在のルーク・ベリーの位置はと言うと、フェレンツェを西へと抜けたグランフェと呼ばれる山と森ばかりの国にいた。
フェレンツェとの大戦時に、見せしめとばかりに焼き払われた森だったが、今となってはその爪跡はほとんど見られない。
ベリーは、鼻歌交じりに街中を進む。
(ところで……狩場認定証持ってきたか? 確かそれが無くばこの国では森林内へ立ち入ることはできぬはず)
グランフェの国の森には、凶悪な獣やモンスターまでもが徘徊している。ルクドリアが一度見せしめに森を焼き払ったのには、それらを一掃することもかねていたのだが。今は森の回復と共にモンスター類も繁殖を強めていた。
そのようないきさつも有り、街道は結界によって守られていた。
狩場認定証というのは、ある程度の傭兵や魔法使いに授けられ、結界を抜けるための魔術が施された手のひらサイズのカードのことである。身に付けているだけでグランフェの森の中に入ることが許される。
ベリーは、グランフェの国に入った時点で手に入れていた。フェレンツェ国の魔道師協会の証を見せるだけで、難なく手に入れることができる。
無論、ベリーが手に入れることは到底無理である。
ルクドリアの魔力と、知力ゆえに取ることができたのである。そもそも、証を手に入れるための試験を作ったのもルクドリア本人であるからして、トップで通過できたのである。
そのため、試験官と現魔道師協会の授与者から「こんな小娘に渡していいものだろうか?」と言った不安の表情と共に証を貰ったのだった。
タラタラと町の中を歩くベリーに苛々しながら、ルクドリアはもう一度たずねた。
(それで、許可証は持ってきたんだろうな)
「ちゃーんとシーくんの首にぶら下げておいたよん。あれ、シーくんは?」
ベリーは、あたりを見回す。
白っぽい耳の長い四足の獣で、いつもどんくさい浮遊でベリーの肩あたりにいるのだが。
(……シーザめ。どこで寝ている)
四年前、ベリーのそばにいた獣である。なかなか人に乗り移ることのできなかったシーザが、獣ならばと入り込んだ体である。だが、馴染みすぎてしまったのか、夜行性の習性までもが染み付いてしまったらしく、よく昼寝している。
もしかすると、宿でチェックアウトに手間取っている間に昼寝を始めてしまったのかもしれない。
さすがに問題があるかも、と思ったベリーは宿の方向へと歩き出す。ちなみに、肩に中途半端に触れる程度で浮遊をしているシーザであるから、そのまま昼寝の度合いによっては落としてくることがある――それもしばしば。
ベリーは額に手をかざしてピョンピョンと跳ねながら街中を歩いた。
「迷子のシーちゃん、どこ行ったのぉ?」
人ごみをかき分けて、シーザを探すベリー。
シーザは、意外と早く見つかった。がたいの良い男性陣に、大きな耳を掴んで持ち上げられており、それがとても痛いのか、「きゅうきゅう」と鳴き声をあげている。
それを見たベリーは眉間にしわを寄せ、口をへの字口にしてドスドスと音を立てて男性陣に近づく。
そして、鼻息も荒く言った。
「ルーくんのシーくんを返してください!」
見上げるようにしてベリーが言った。
「ガキ、お前のか、これ? 小さいとはいえ、モンスターだぞ。それを連れて歩こうって言うのか? こんな危険なものは、俺たちが処分してやる」
シーザの耳を掴んでいる男がそう言った。
ルクドリアは、シーザを毛皮を見ながらつぶやいた。
(毛皮は、高く売れるかも知れんな)
その声に、シーザが鳴いた。
「人のものとっちゃいけませんって、教育受けてないのっ。ルーくんが怒らないうちに、シーくん返して!」
(別に怒りはしないが……シーザが泣くと厄介だな。気性が無駄に荒いからな)
シーザは、きゅっ、と鳴くと瞳を潤ませる。
(わかった、わかったから。ベリー、奪って逃げろ)
「あいさー」
ベリーは、そう呟くが早いか、シーザをつかんでいる男の腹に蹴りを入れる。男がうずくまる寸前にシーザを取り返し、ベリーを捕らえようと前のめりになった男の背を踏み付けて走り出した。
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